ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
2017年07月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2017年09月
TOP ≫ CATEGORY ≫ オルラッタネリョッタ!さん

オルネリョ!さんの子供タレント時代、顔写真が掲載された新聞がみつかりました!

シルバーウィーク、1日はお出かけしたものの、大半は、仏壇の掃除、
窓ふき、網戸洗い、そしてフローリングのワックスかけなどをしておりました。
私も年々家事の負担が心の負担となってきました。

掃除の負担を考えると、シンプルに暮らしたいと、最近、つくづく感じます。

そして収納庫の整理も、これも大仕事。それから残っていた遺品整理も開始。
義母が亡くなり、早いもので3年、そろそろ4年になりますが、
まだ手付かずの荷物が大量に押し入れに残されており、ようやく重い腰をあげました。
いつかは誰かが開けなくては、いけません。



箱を開け、包を解き、明らかにゴミと思われるものは90Lのゴミ袋に入れ、
90Lのゴミ袋は、たちまち4つに、そして家族の品と思うものをざっくり分類。

そして義父に渡した品から、思いがけないものが飛び出してきました。

P1160390.jpg

「これ○○○(オルネリョ!さん)」
「えっそうなんですか~気づきませんでした」
「僕ね、当時、コンペに勝ってオリンパスの仕事もしていたんだ」
「へぇ~デザインは誰ですか?」
「僕。僕もこれくらいは出来るから」
「コピーは?」
「○○○(副社長)」

義父が弟子入りした先生のもとから独立をして、会社を作った頃でしょうか~

義父は、日本の広告界の重鎮だったデザイナーである先生のアトリエに住込みで働き、
そして先生のアトリエ兼お宅に、これまた住込みで働いていた義母と、
そこで知り合い結婚しました。山の手ですが、寺内勘太郎一家みたいな暮らしと出会い。

日本経済新聞に掲載された新聞広告ですが、社長自らがデザインし、
義父の片腕だった東大卒のインテリがコピーを書いたそうです。

そしてキッズモデルは、息子、小学生になったばかりの長男。経費節減だったのかも?

P1160392.jpg

長男の初めての?100点満点と一緒に保管されていました。
お義母さん、捨てられなかった気持ち、分かります。

シルバーウィークは終わりましたが、遺品整理は、まだまだ終わりません。






にほんブログ村 旅行ブログ 韓国旅行へ
にほんブログ村

ブログランキング参加しています。クリックよろしくね^^










釜山駅近所の168階段🎵世田谷で疑似体験に挑んでみました😵

TEXT BY オルラッタネリョッタ!


先日の韓国旅行で、ついついマッコリの誘惑に誘われて
ご老体に鞭を打ち登り切った釜山の168階段。

世田谷で似たような場所がないかと考えたところ思い出しました。

IMG_2313.jpg

隣の下北沢駅とは対照的に今でもひっそり目立たない形で
地下化工事が進行中の小田急線/世田谷代田駅。
地上から地下のホームへ向かう長い階段があったことを・・・

IMG_2312.jpg

もちろんエスカレーターもエレベーターも完備されていますが、
ここはあえて階段での上り下りに挑戦して見ます。

IMG_2309.jpg

釜山の階段には遠く及ばない段数なのが少し残念なのですが、
そこは譲歩しちゃいます。



合計50往復して今日の運動は終了。
地下鉄大江戸線の階段と比べたら可愛いものかもしれませんが、
乗降客もまばらで、しかも階段の利用者はほぼ皆無なので、
思いっきり運動に集中できました。
従って、無料エクササイズとしては、まあまあな場所カモです😘


にほんブログ村 旅行ブログ 韓国旅行へ
にほんブログ村



オルネリョ!さん ガン検診 まさかの陽性 その時 ワッタカッタさん!に残す言葉とは・・・

暑い毎日が続く最中、都内某所であった、とあるパーティーの帰りの1枚の写真です。
人気のブロガーさん方と歩く、旅友であり夫のオルラッタネリョッタ!さん。
後ろ姿だけで、誰が誰だかお分かりになる方は、相当な韓国ブログ通かも?



この時は、軽い足取りで歩いておりましたオルネリョ!さんですが、
その後、健康診断を受けまして思いがけず大腸ガン検診の結果が、まさかの陽性。

P1050949_201408210928164a9.jpg

『俺は癌なのか!!俺は死ぬのか!!』 

顔面蒼白の夫。

先ごろ、母(私には義母)を癌で亡くしております。夫が私に残す言葉は、

「俺が死んだら、親父のことよろしく」 

嫁よりお義父さんが心配!?

『何~!?残されたお義父さんと私で2人で暮らす!!ありえません!!』 

顔面蒼白の嫁。

P1050940.jpg

いよいよ癌闘病記、イントロが始まりました。

検査前日には、こういうもの食べます。

P1050942_20140821092752d4a.jpg

昼食は、肉じゃがと鮭がゆ。入院したら、毎日、こういう食事なのかしら。

「美味しい?」

「食えないことはない」

P1050941.jpg

夕食は、クラッカーとチキンクリームシチュー。温めるだけで簡単。

P1050945.jpg

「美味しい?」

「・・・」

口数がどんどん減っていきます。普段と変わらないのは、お義父さんだけ。

まるで他人事。

P1050939.jpg

当日の朝と昼は、絶食。

午前中から15分おきにビジクリア配合錠を5錠ずつ計10回飲みます。

その都度、排便をして、腸内を空っぽにして、いざ大腸内視鏡検査へ。

顔色悪いオルネリョ!さん。猛暑の中、フラフラで病院へ出かけました~。

あなたお義父さんより先に逝かないでよ~私とお義父さんを残して逝ったりしないで~!!

検査結果、シロ。

出血は腸内ポリープの仕業でした。

検査結果がシロで安心したのか、昨夜は久しぶりのブログアップです。

やれやれです。お義父さんと二人残されなくて良かったです。


にほんブログ村 旅行ブログ 韓国旅行へ
にほんブログ村


















1980年モスクワオリンピックに招待された中学2年生のオルネリョ!さんと、嬉しいご報告♪

昨夜、ソチオリンピックが開幕しました。ロシアで初めて行われる冬季五輪には、
史上最多の87カ国・地域と個人資格で参加のインドを合わせた、約2900人の選手が参加。
そしてどれだけの数の国から、選手の応援のためロシアのソチへ向かうのでしょうか。



ところで時を遡ること34年前、オルネリョ!さんこと夫は、崩壊前のソビエト連邦から、
モスクワオリンピックに招待されたそうです。ちょっと驚きの話。

P1030740_20140208121354e56.jpg

オルネリョ!さんは、当時中学2年生。
招待されたモスクワ五輪に、是非とも行ってみたかったそうですが、両親が反対。

P1030752_2014020812410858d.jpg

冷戦時代のモスクワ招待のきっかけは、オルネリョ!さんが出した短波受信報告。
追記:カードはベリカード(Verification Cardの日本式省略)というそうです。

東西が対立する時代に、ソビエト連邦に興味を持つ、日本人の少年は珍しかったのかも?
今も昔もオルネリョ!さん、夫は変わらないと私は思いました。政治と趣味は別です。

P1030751.jpg

1980年のモスクワオリンピック、日本がボイコットしたニュースは、私も覚えています。
ソ連のアフガニスタンへの軍事侵攻に対抗して、
米国を中心とする西側諸国を中心に、モスクワオリンピックをボイコットしたのです。
モスクワオリンピックは、「スポーツと政治」の関係が問われた大会でした。

P1030750.jpg

崩壊したソ連から送られてきた葉書は、亡くなったお義母さんが保管してくれていました。
遺品整理をしていた荷物から、みつけた束です。他、中国、北朝鮮からの葉書もありました。

無線&短波少年だったオルネリョ!さん。小学校の頃から、海外短波を受信しては、
遠い遠い外国に興味を持つ少年。そして少年は、韓国マニアになってしまいました。

世界が平和で、中学2年生のオルネリョ!さんが、モスクワに行っていたら、
もしかしてロシアマニアになっていたのかもしれません。運命のオリンピックだったかも?

Baidu IME_2014-2-8_11-56-4

写真は、モスクワオリンピック公式マスコット「こぐまのミーシャ」の生みの親である、
ロシア人の絵本作家、ビクトル・チジコフさん78歳。
「スポーツの祭典を政治対立の場にしないで欲しい」と願われている、お一人です。

Baidu IME_2014-2-8_11-58-16

そして今回、ソチの公式マスコットは北極熊らしいです。
http://www.joc.or.jp/games/olympic/sochi/mascot.html ←ソース
隣国が、何かしでかさないか心配ですが、平和の祭典ソチ五輪、楽しみです。

にほんブログ村 旅行ブログ 韓国旅行へ
にほんブログ村

そしてそして今朝は嬉しいお知らせが。

Baidu IME_2014-2-8_12-1-5

ブログ村ランキングとは別に、FC2ブログランキングにも参加していますが、
カテゴリを、アジア、海外情報から、旅行、海外旅行に移行して、初の金メダル。ダブル金でした。
こちらはポイント加算ではなく、単純にアクセス数のカウントです。

皆さまの訪問、本当にいつもありがとうございます!

僕のうどんノスタルジー♪ 武蔵野うどんの名店:練馬・西大泉の「大助うどん」

TEXT BY オルラッタネリョッタ!


カミさんは現在、済州島にいますが、
今回のブログネタ、韓国とは関係ないです。
目指すはうどん、武蔵野うどんです。
“武蔵野うどん”なんてワードが多分無かった1976年~78年頃。
当時の僕は練馬の小学校に通ってました。
土曜の放課後、友人たちと野球で遊んだ後、
友達のオヤジさんに連れられてご馳走になったのが
目指すお店との最初の出会いだったと記憶してます。

子供ですので、味なんてよくわかってなかったと思いますが、
とにかくこの“武蔵野うどん”、うどんの量が多くて、食べ盛りのガキには大満足。
そして、冷たいうどんに熱々のつけ汁につけて食べる、
“温度差”を楽しむというオトナ的なことを子供時代に教えてもらいました。
ですので、この影響から、僕は家でも、そうめん、ひやむぎには、夏でも
熱いつけ汁で食べるという習慣が身についてしまったほどです。


前置きが長くなりましたが、
目指すお店は、練馬区西大泉の通称「大助うどん」。
屋号は今回初めて意識しましたが、「満寿屋」っす。

IMG_0660_convert_20131206193012.jpg


中学からは世田谷に移転してしまったので、
その後、僕の記憶から「大助うどん」は、綺麗さっぱり消え去っていましたが、
大学時代、思いつきで車で現場に行って食べて以来、
時々、車や電車・バスで通ってました。
カミさんも1回、お連れしたと思います。

今回も電車・バスを利用して食べに行こうと思いましたが、
衝動的に自転車で現場に向かうことを思いついてしましました。
「環八をただ北上すればいいでしょ!」が基本コンセプト。

Baidu IME1-a

結論から申しますと、現場まで自転車で1時間25分もかかってしまいました。
Googleマップでは自宅から現場までは16キロ、
徒歩で3時間12分の表示でした。
確実にジムとは違う筋肉を使って、なかなかいい運動になりましたというのは嘘。
結構、帰ってみたらヘトヘトでした。

電車でしたら、ウチからだと小田急線、山手線、そして西武池袋線の大泉学園駅で下車。
片山小学校行きのバスに10分ほど乗って、大泉第三小学校で降りてスグの地点です。
今回は店の混雑時を避けるため、平日の午後3時を狙って
午後1時20分に自宅を出ました。


約5年ぶりの訪問です。

IMG_0659_convert_20131206192639.jpg

外観に変化はまったくありません。

IMG_0661_convert_20131206193310.jpg

食券自販機にも変化なし。
お目当ては赤枠の「肉もり(大)」=1100円。
僕、これ以外に食べたことありません。
麺が熱々の「あつもり」は、70年代当時、存在しなかったと思います。

1時間半かけて現場に到着し、注文後、うどんが運ばれるまでに15分ほどかかりました。
店のおばさんから、その間、2回ほど「今、麺を茹でてますからお待ちください」の声が。
15分だと、お知らせが2回は必要なんですかね。
茹で置きでスグ出されることを考えたら、待つ時間はゼンゼン苦痛ではありません。


注文した「肉もり(大)」が運ばれてきました。

IMG_0669_convert_20131206195041.jpg

うどんは少し黒みを帯びています。
これは使用する小麦の品種と関係してると思いますが、
僕は詳しくはわかりません。
麺にコシがある、コシがないという次元のものではありません。
とにかく食べごたえがあるという表現が近いと思います。

IMG_0672_convert_20131206195411.jpg

続いてはつけ汁。

IMG_0670_convert_20131206215647.jpg

絵がブレてて申し訳ないですが、
醤油ベースでかつお出汁のおつゆに、
具は大量の豚バラ肉、ネギ、小松菜、以上!って感じのシンプルな構成。

感覚でいうと「麺=ご飯、つけ汁=おかず」という感じですか。

一発目のうどんをつけ汁につけて口に入れての感想は、
とにかく「味が薄い」です。
しかし、不思議なことに2発、3発と食べ進める内に、
味の輪郭(豚バラの神々しいまでの風味)が鮮明になっていきます。

ここで食べていると、化学調味料に慣れきった
自分の舌を試されている感覚になります。

化学調味料の場合、最初の一口目が「うまい」。
食べ進めていくうちに、うんざりしてきて、最後に飽きが来るパターン。

このお店などの場合は、食べ終わる時に、
つけ汁の味がマックスに感じることを計算しているような感じ。
冷水で洗ったうどんを最後まで「つけ汁」につけても、
「つけ汁」が決して薄くなっていないことでも、それがわかります。

褒めまくってますが、これが、ノスタルジーの成せる技。
DNAに刻まれちゃってるから仕方ないです。

今更ながら“武蔵野うどん”ってナニ?という声が聞こえてきそうですが、
僕もイマイチわかりません。
20年ほど前、仕事で行った川越のくり農家でご馳走になったうどんとほぼ同じ。
正直、僕の中ではこちらの“武蔵野うどん”がうまさ的にはマックスだったと思います。
おそらく、農家や一般民家がハレの日に、もしくは来客時に振舞われたご馳走が、
この“武蔵野うどん”だったのではと想像します。
荒川‐多摩川を挟んだ武蔵野エリアが、
米よりも高品質な小麦が多く収穫された証左なのでは?

あと、是非とも言っておきたいことは、店の内装。

IMG_0666_convert_20131206194100.jpg

IMG_0667_convert_20131206200728.jpg

70年代当時マンマのインパクトありまくりの丸太のテーブル。
40年近く過ぎても変わらない店内の雰囲気に大感激です。
東京、しかも23区内でこんなお店、そうそうないと思います。

あと、従業員の多さ。
田舎、例えば熊本市内の某有名ラーメン店で、
おばちゃん10人くらいが厨房にひしめく感じ。
「田舎の食堂は従業員がやたら多い!」
このお店も70年代の昼時は、
7~8人のおばちゃんが厨房で働いていた記憶が。

IMG_0673_convert_20131206195617.jpg

きれいに完食させていただきました。

帰路は、大泉第3小学校を通過

IMG_0676_convert_20131206201602.jpg

当時よく通ったバッティングセンターと関越自動車道の側道を通過

IMG_0658_convert_20131206192331.jpg

IMG_0680_convert_20131206202323.jpg

関越の側道では、当時、スケボーとローラースケートで遊んでました。

谷原の交差点で環八に入ります。

IMG_0681_convert_20131206225150.jpg

中央線荻窪駅付近では、自転車野郎にはキツイ障害物が。

IMG_0685.jpg

IMG_0689_convert_20131206200133.jpg

IMG_0687_convert_20131206200020.jpg

反対車線に回り込み、自転車用の階段を下り、
環八の側道を通過。
疲れた体には、意外にキツイ障害物になってました。

京王線を超え、成城警察署付近で後輪がパンク。その後は徒歩。
帰りは1時間40分の帰路になってしまいました。

IMG_0674_convert_20131206231531.jpg

事後報告になりますが、
今回は長距離ということで、自分の自転車ではなく、
不在のカミさんチャリを使わせていただきました。

電車代は節約出来ましたが、
うどん代=1100円
パンク修理代=1000円

電車を利用した場合とほぼ代わりのない料金の結果となりました。


ご案内

大助うどん、屋号:満寿屋

東京都練馬区西大泉3‐27‐23
03‐3922‐3028

営業時間:10:30~17:30(ラストオーダー17:15)
定休日:日曜日


にほんブログ村 海外生活ブログ 韓国情報へ
にほんブログ村