ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
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日本航空(JAL)定時到着率で2年連続世界第1位を受賞!!おめでたい話でホーチミン旅行記終わります!!

のんびりと更新したベトナムホーチミンの旅行記も、いよいよ最終回。
咀嚼し反芻すること3ヶ月、旅行記を書く時間は現実逃避の旅の最中でした。
旅行記が終わったら、次は空想旅行に出かけようかしら。

さてどこに行こうかな。

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今年2014年3月新設された日本航空(JAL)の羽田⇔ホーチミン線。

羽田発のこの区間は、日本航空(JAL)としては初めての路線だそうです。
成田からはハノイとホーチミンを、すでに結んでいますが、羽田は新規就航。

往路に利用した、JL079便は羽田を深夜の01:25発⇒ホーチミン05:15着。
そして復路は、JL070便ホーチミン13:55発⇒羽田22:00着で日本へ帰国します。

羽田発着便の機材は、
ボーイング767-300ER型機の新仕様機である JAL SKY SUITE 767
私には約6時間の飛行、居住性も機能性も充分で、快適な旅でした。

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機内誌をパラパラと見ていると、日本航空(JAL)の社長のお写真が、
それと一緒に目に入った文字。


JAL 定時到着率で2年連続世界第1位を受賞  


定時到着率で世界1位って何だろう~と読んでみると、
航空会社や空港ごとの定時到着率をはじめ、様々な分析を行なっている
米国のFlightStats社が、遅延15分以内で到着した便の比率(定着到着率)を調査。

それによると2013年1~12月にJALが運航した国内線・国際線について、
その定時到着率が「88.94%」であり、世界の大手航空会社31社の中で世界第1位を受賞し、
しかも昨年につづき2年連続の受賞だそうです。

詳しくは日本航空(JAL)のホームページで。

新幹線と違い、飛行機は、ほぼ遅れるという前提で、私は動いてましたが、
定時到着率が「88.94%」とは素晴らしいことです。航空会社だけの努力だけではなく、
乗客のマナーの良さ、日本人の時間に対するマナーの良さかもしれません。

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ベトナムに行くのだからベトナム航空が良かったかな~なんても思いましたが、
JALで日本航空で良かったです。まず文字が日本語だし日本語が通じるのはラク。

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しかも恵比寿さんがトレードマークのエビスビールが飲めるし。ベトナムのビール、
333(バーバーバー)を飲み続けたあとのせいか、日本のビールがやけに美味しい~。

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そしてお楽しみの食事。これにはびっくり!飛行機で「かつ丼!?」ですか!
選択できるメニューを見て笑ってしまいました。素晴らしい~。

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「白身魚のフライ トマトソース」を選択してしまったことに大後悔。

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無難な選択だと思ったのですが、やはり冒険して「カツ丼」だったかも・・・。

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ミネラルウォーターのボトルでのサービスも往路同様に嬉しい。
のどが渇いたからと、いちいちCAさんをお呼びするのは心苦しいから、
解放してくれます。日本人はサービスを受けるにも、繊細なのです。

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雲の上にはお月様。

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突然閃いたベトナムホーチミンの初めてのひとり旅。
下調べも、準備も不十分でしたが、思いのほか楽しく過ごすことが出来ました。
ひとりご飯だけが、物足りませんでしたが。

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私、ベトナムとの相性~いいかも。いつかインドシナ半島を縦断してみたいです。



これにてベトナムホーチミンの旅はおしまい。おつきあいありがとうございました!!

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ホーチミンの玄関~タンソンニャット国際空港の新ターミナルは日本のODAによる建設らしい~♪

当局から指導~も!
ホーチミンの玄関タンソンニャット空港の飲み食いは非常に高いにびっくり!!


この記事のつづきです。


ベトナム最大の都市にして、東南アジア有数の経済都市でもあるホーチミン市。

そのホーチミン市の空の玄関が、タンソンニャット国際空港。
かつてはサイゴン国際空港と呼ばれていたそうです。

そもそもは1930年代初期、フランス植民地時代に飛行場が創設されたのが始まり。
それからアメリカの援助により南ベトナムの国際空港へと拡張。
そしてベトナム戦争中は、南ベトナム空軍、アメリカ軍に軍事施設に。

ここタンソンニャット空港の歴史も、ホーチミンが近年歩んで来た歴史そのものです。



2007年、新国際旅客ターミナルは日本のODAにより建設、開業されました。

新空港ビルの設計は、日本の関西国際空港を参考にしているそうです。そして、
国際旅客ターミナル及び付帯施設を建設、導線の改善を行い、手荷物送出システムを刷新。
増加する旅客需要に対応して、航空サービスの利便性・効率性を図り、
経済都市ホーチミンの発展を見据えた工事が、行われました。そう日本の税金で。

詳しい事業の内容はJICAのホームページにあります。
http://www.jica.go.jp/vietnam/office/activities/project/08.html

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飛行機に搭乗するためチェックイン、手荷物検査、X線検査、出国審査と、
スムーズに一連の流れを通過したら、先ずはショッピングゾーンに出ました。

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豚に真珠、猫に小判、ワッタカッタ!さんに免税店でしょうか。

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ブランドショップも通過。どなたかにプレゼントしていただく分は歓迎です!!

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搭乗口周辺にも、雑貨屋さんが多数並んでいました。

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街中でさんざん見たので、雑貨は、もうお腹いっぱいです。

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上の階へ上がりましょう~。ちょっと時間を持て余し気味です。
空港に、飛行機離陸の2時間前に到着しましたが、買物をしない私には早過ぎたかも。
しかし何があるか分かりませんので、2時間前到着は当然です。

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「INTERNATIONAL CUISINE」ってカテゴリが料理にはあったんですね。 

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もしかしたら、ここのカフェでバインミーがいただけたのかも。

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昼間のバーにはお客さんはいませんでした。

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そして中華にフォーと並んで寿司コーナーが。INTERNATIONALかもね。

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同じフロアのブックストア。料理本をパラパラ~と見ておしまい。
もしかして、この時、私、非常にお疲れだったかもしれません。
写真はありますが、鮮明な記憶が無い・・・空港に到着して精根尽きていたかも。

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SPAで休むべきだったかも。

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どんな感じかな~なんて、のぞいたことは覚えていますが・・・

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歓迎されている気がしなくて・・・

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時間もてあまし気味で、残ったドンでハンバーガーを買いました。

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3ドルでした。ドン換算でいくらだったかな。
間違いなくバーガーキングは、INTERNATIONALなお味。
わずか3ドルの貢献のあとは、いよいよ帰国の途に。

JL070便に搭乗します。

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当局から指導~も!ホーチミンの玄関タンソンニャット空港の飲み食いは非常に高いにびっくり!!

ホーチミン博物館からは、追って来るバイクタクシーを追い払いながら、
やっとの思いでタクシーに乗車しました。とにかく最後の最後、
バイクタクシーがしつこかった~。

私は知らない兄さんの身体に掴まってバイクに股がることは不可能。と言いたいのですが。

地図を見ると、ホーチミン博物館からパレスホテルまで距離はありませんが、
車の往来が激しく、日差しもきつく湿度も高く、タクシーで移動です。



ホテルの部屋は、出発の時間まで使うことができたので、
外出から戻り、最後にシャワーで汗を流し、さっぱりして出発。

チェックアウトをして、時計が11時半になろうとしている頃、
JTBベトナムの車がホテルにお迎えに来ました。

いよいよここで、さよならパレスホテルです。

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お約束事項が車内の掲示してあります。現地スタッフの教育が行き届いている感じ。

空港からホテルへの送迎のガイドさんとは、人が違いましたが、
ホテルから空港へのガイドさんも、親切丁寧で、さすがのJTBさんです。

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私は最後の最後まで、飽きることなく車窓からバイクを眺めていました。
いつか地下鉄ができたら、このバイクの数は少しは減少するのでしょうか~。

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ホテルからタンソンニャット空港まで、一直線。約25分で到着。

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ここベトナムは、現地ガイドが空港施設内には立ち入りが、できないそうです。
一人でチェックインするのは問題ありませんが、変なところで細かい事が不思議。

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鶴丸が、桜と蓮の花でお迎えしてくれています。
お帰りの飛行機はJL070です。先ずは搭乗手続きをします。

初めてのホーチミン訪問は、ホテルがドンコイ通りにあったせいか、
行動範囲が狭く、市内観光中心に、ぎゅっと濃縮果汁のようなショートステイ。

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お土産は箸置きくらい。買物らしい買物もしなかったせいか、荷物は6.3キロ。

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チェックインを済ませ荷物を預けたら、到着時にできなかった、
タンソンニャット国際空港施設内を散策しましょう~。

空港スタッフさんも、美しい~アオザイが制服。

ところでちょっと気になったのは、韓国の女性もそうですが、
ベトナムの女性も、仕事中に手を組んで歩くのは普通!?
どうなんでしょうか?

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時間は正午前。お腹が空いてくる時間です。
最後にまたまたフォーを食べようかしら・・・。
しかし89,000ドン(約445円)は、お高いのではないでしょうか。

フォーだけではなく、タンソンニャット空港の食事が高いことに、たまげました。
どこの国も空港のレストランは高くつきますが、ここは水の値段も高かったです。
(2014年7月11日の価格)

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帰国してから見たオンラインニュースVIET JO(ベトジョー)には・・・

ベトナム民間航空局(CAAV)直轄の南部航空局はこのほど、
ホーチミン市タンソンニャット空港の国内線・国際線出発ロビー内にある
各飲食店に対して、17日午前4時までに、
飲料やフォー(ベトナム風うどん)、ブン(米粉麺)、インスタント麺などの
各種メニューを値下げするよう指示した。

同局の指示によると、ミネラルウォーターを1本2万ドン(約97円)以下、
飲料(ジュース、コーヒー)を1杯5万ドン(約242円)以下、
フォー及びブンを1杯5万5000ドン(約266円)以下に
値下げしなければならないという。

同空港出発ロビー内の飲食店は2013年に販売価格を引き下げていたが、
それでもミネラルウォーターが1本2万9000ドン(約140円)、
フォーが1杯8万5000ドン(約411円)、
バインミー(ベトナム風サンドイッチ)が1本6万7000ドン(約324円)など、
非常に高い価格設定のままだった。

(2014/07/21配信のVIET JOより引用)

10月になりましたので、少しは価格が下がっているかもしれませんが、
私が訪問した7月は、強気の価格設定でした・・・。

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空港で軽く食事くらいと残しておいた現地通貨ドンと、持ち合わせていた米ドル。
どうやらフォー1杯食べるのも難しそう~。カードを使えばいいのですが、
残ったドンをきれいに空港で使えないかと、うろうろとしてみました。

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空港建物の屋外にあるスターカフェ。
ここでビール飲んでバインミーを食べれば良かったかな。

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チキンもBBQも55,000ドン(約275円)。
世田谷で食べるバインミーよりは安いですが、ここオープンエアは暑過ぎ。
せっかくシャワーを浴びて空港に来たのに、無駄な汗はかきたくありません。

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333(バーバーバー)ビアは25,000ドン、タイガーは35,000ドン、
ハイネケンは45,000ドン、そしてコカコーラが25,000ドンでした。

現地物価からすると、これは高い。
ベトナム民間航空局(CAAV)直轄の南部航空局が、値下げを指示するのも納得かも。

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カフェがある同じエリアには、ドミノ・ピザがありました。

日本でもお馴染みドミノ・ピザ(Domino's Pizza, Inc.)は、
アメリカの宅配ピザチェーン店。現在世界の60カ国で10,000店舗以上を展開。

どれどれベトナムのドミノ・ピザをちょっとのぞきましょう~。

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CLASSIC M:119,000 L:189,000、
PREMIUM S:79,000 M:129,000 L:209,000
COCA COLA / SPRITE / FANTA 390ml 30,000 などなどと・・・

ちなみに日本で食べるドミノ・ピザの価格は・・・
http://www.dominos.jp/order/pizza/search/

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これまた同じエリア内にはバーガーキングも。バーガーキング(Burger King)は、
アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ・デイド郡に本社のあるハンバーガーチェーン。

社会社会主義国に、アメリカ系のレストランが並ぶのがこれまた不思議。
私は目にしなかったですが、マクドナルドもホーチミンに出店しているそうです。

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WHOPPER(ワッパー)が85,000ドン(約425円。
WHOPPER JR.(ワッパージュニア)が50,000ドン(250円)。

ちなみに日本での価格は
WHOPPER(ワッパー)が480円。WHOPPER JR.(ワッパージュニア)が330円。
https://www.burgerkingjapan.co.jp/menu/burger.html

あわわわバーガーキングは日本並みのお値段でした!!

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その昔、映画館で飲むコーヒーは高かったし、自販機のドリンクも高かった。
なんて話をお義父さんと、いつだったかしましたが、その昔、映画館は特別な場所。
ベトナムでは、空港を利用することは、特権階級の特別な人なのでしょうか~。
そんな風にも思ってしまった、タンソニャット空港のハンバーガーのお値段でした。

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JALの日本人の職員さんに聞くと、出国審査に入る前、
空港の2階にフードコートがありますとのこと。

どれどれと階段を探しましたが、これが分かりづらかった~。
何とか入口を探して、空港2階のフードコートの見物です。

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残念ながらここでは、レストランよりローラースケーターのお兄さんが気になりました。

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ひなびた感じが良いといえば良いですが、全体的にやる気のなさが漂う空間。
そこを軽快に滑りサービスするお兄さんだけが、際立っているような・・・。

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外は暑いし、中はやる気なさそうだし、出国しますか。

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あとから後悔しましたが、出国審査から先は、バインミーはありませんでした。
あったかもしれませんが、みつかりませんでした。

タンソンニャット空港散策つづきます。

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サイゴン川の畔に立つ「ホーチミン博物館」100年前ここから革命家はフランスに向けて出航しました!

「Bao Tang Ho Chi Minh」と書いたメモを見せたのに「戦争証跡博物館」に到着。

言葉が出来ない不自由を感じます。ホテルマンからタクシードライバーに、
どう伝わったのか分かりませんが、「ホーチミン博物館」に行きたかった私が、
なぜか「戦争証跡博物館」へ連れて来られてしまいました。

そして「戦争証跡博物館」で、言葉に出来ないほどの衝撃を受けたあと、
時計を見るとまだ少し時間があります。旅の最終日、ホテル出発までの時間、
最後の食事にするか、初志貫徹「Bao Tang Ho Chi Minh」に行くか、かなり迷いました。



迷ったあげく、現地最後のベトナム料理をあきらめ、サイゴン川の畔に立つ、
ホー・チ・ミン(Hồ Chí Minh / 胡志明)像の前に、やっと到着した私。

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ホー・チ・ミン(1890年5月19日~1969年9月2日)とは、ベトナムの革命家で、
初代ベトナム民主共和国主席、ベトナム労働党中央委員会主席。
ベトナム市民からは、ホーおじさん、バック・ホー(Bác Hồ / 伯胡)と、
親しみを込めて呼ばれているそうです。

市内を歩くと、嫌でもホーおじさんの顔がプリントされた、
バック・ホー・グッズに出会います。建設機械のショベルカー「バックホー」ではありません。
ホー・チ・ミンのグッズです。
いろいろと種類がありますが、ドンコイ通りの本屋さんでマグカップが気になり、
手にしたマグカップの値段を見てびっくり、日本円で1個が、およそ2000円以上~。
現地の物価を知ると、どれだけホーおじさんが「高い」のか、よく分かりました。

ちなみに私のメモには「戦争証跡博物館」から「ホーチミン博物館」まで、
タクシー代1万ドン(約50円)と残っています。

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入館料が1万ドン(約50円)と、ここも驚く程の安さ。

インドシナ半島がバックパッカーの聖地といわれるのも、今回の旅でよくわかりました。
私も、安宿街に泊まり、屋台で食事をして、のんびりと過ごすことに憧れますが・・・

ヘタレな自分、作家の沢木耕太郎氏のような旅、
窓が無いテレビもラジオも無いファンが回る音しかしないホテルの部屋。
本を読むには暗すぎ、横になると、天井にヤモリが這っているような部屋で・・・
果たして寝ることが出来るだろうか・・・と考え、躊躇してしまうのであります。

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ホーチミン博物館は、私がホーチミンに到着した朝、
しどろもどろでバイクの隊列を縫うようにして命懸けで横断した、トンドゥックタン通り、
その通りの一際目立つホテル、マジェスティックホテルから、
少し南下したところにあるカンホイ橋を渡った、その少し先の川岸に立地します。

こちら、1862年に商船会社の建物として完成しましたが、
現在は博物館として利用されています。

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古い建物ですが、サーモンピンクが美しく、よく手入れされていて、
またその風通しが良いこと。
ホーチミン博物館は、サイゴン川からの涼風が通り抜ける建物。そして、
ホーチミンにはコロニアル建築を愉しむという過ごし方があることも、この旅で知りました。

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風に揺れるアオザイが、建物の色合いと重なりあって、
コロニアルスタイルに、よく映えます。もう少しカメラの腕がよかったら・・・。

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ついつい見とれてしまい、そして写真も撮らせていただきました。

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そしてフランス領時代に使われたと思われる車。

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この乗物、名称は何というのでしょうか。こちらの博物館、表記は英語とベトナム語のみ。
英語の説明くらいメモしておけばよかったです・・・。

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最終日に市内での食事はあきらめましたが、ここ、川の畔まで来れて良かったです。
戦争証跡博物館のショックも、川の流れを見て、気分を変えることができました。

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100年以上も昔、1911年6月5日、ラミラル・ラトゥーシュ・トレヴィル号という船の、
見習いコックとして採用された、21歳の青年ホーチミンは、
ここからフランスへ出航。そして同年の7月6日にマルセイユ港に到着。

ホーチミンからマルセイユまで当時、船旅で約1ヶ月要したんですね~。

私も出来ることなら成田空港には向かわず、ここからマルセイユに出航したい!!
若き日の革命家のように、希望と野望と夢を抱えて、いざフランスへ!!

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そんなことを考えサイゴン川の上流を見ると、
発展途中のホーチミンの街の、今の姿が目に映ります。

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ベトナム戦争中「独立と自由ほど尊いものはない」と呼びかけたホー・チ・ミン。
しかしベトナムの開放された姿を見ることなく1969年9月2日、
ホー・チ・ミンは心臓発作によって、その79年の生涯を閉じました。

そして1975年4月30日のサイゴン陥落によって長かった戦争は終結。
その後、南北が統一され、1976年7月2日にベトナム社会主義共和国が成立。

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像の握手の相手はトン・ドゥック・タン(Tôn Đức Thắng / 孫徳勝)。
ホー・チ・ミンとともに独立運動に従事。
ベトナム民主共和国(北ベトナム)の第2代国家主席で、南北ベトナム統一後、
初代ベトナム社会主義共和国主席を務めた政治家だそうです。

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1975年5月1日南ベトナムの首都だったサイゴンは、
ホー・チ・ミンに因んでホーチミン市に改称されました。

ベトナムの父といわれるホー・チ・ミンは、その一生を通じて、
ベトナムの民族解放と独立を、最大の政治目標としていたそうです。

民族の独立と自由を願った革命家の長い戦いを、忘れないようにと願って、
ここ旧サイゴンは、「ホーチミン」と改称された都市なのかもしれません。

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博物館としては小規模ですが、ホー・チ・ミンの足跡を写真と展示物で知ることができます。

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古今東西、いつの時代も戦争は、勝者と敗者では歴史認識の見方が大きく別れ、
それがイデオロギーの違いによるものであれば、永遠に話は平行線のまま。

社会主義というイデオロギーの中で、独立運動に生涯を費やしたホー・チ・ミン。
彼の慈愛に満ちた飄々たる風貌、そして腐敗や汚職、粛清に手を染めなかった
高潔な人柄は、今尚、民衆から尊崇を集め愛されているそうです。

しかし一方敗者サイド、反共の南ベトナムからの難民が大多数を占める、
ベトナム系アメリカ人や、ベトナム系移民からは憎悪の対象と見られているとか。

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革命家も死後の評価は大きく分かれるようですね。

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最終日、ホテル出発が11:20です。駆け足でホーチミン博物館を見学しました。

この日、最終日の午前中、結果的に「戦争証跡博物館」と「ホーチミン博物館」の2つを、
見学したことに。ほんの入口ですが、最後にベトナムの近代史を知ることになりました。

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それではここからどうやってホテルに戻りましょうか?歩く?

ウィキペディアから一部抜粋しました。

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戦争証跡博物館~私はベトナム戦争とホーチミンの青い空を忘れない

はじめに

ホーチミン市で博物館を見学するとなると、ガイドブックに紹介があるのは、
「歴史博物館」「ホーチミン市博物館」「ホーチミン博物館」
そしてここだけは行きたくなかった「戦争証跡博物館」が、主なところ。

戦争の悲惨さ残酷さ愚かさを心の刻み、後世へ伝えることは大切です。
しかし今回ひとり旅の私には、とてもとても戦争の重さは1人で抱えきれません。

ベトナム戦争の歴史と傷跡を現地で見て考えて、自分がどういう気持ちになるか、
想像出来たからです。沖縄の摩文仁の丘に立ったときの気持ちが蘇ります。

しかしタクシーは「戦争証跡博物館」に到着してしまいました。
実は私、見学が終わるまで全く、ここが「戦争証跡博物館」だとは気づかず、
「ホーチミンの博物館」に来たと信じていた私は、博物館の写真はじめ展示物が、
上層階へ上がれば上がるほど、とんでもなくハードな内容で気が動転。

ホーチミン氏の偉業を称えるのに、ずいぶんとハードコアな内容の展示だと、
見学の最後、受付のお兄さんにサイゴン川の方向を聞いて、どうやらここは、
目的とは違う場所、違う博物館に居ることに、やっとで気づきました。

まさか自分が、ベトナムで目にするつもりが全くなかった「ベトナム戦争」の記録を、
その気構えもなく、知らずに見てしまった衝撃。最後は言葉を失い涙が流れ茫然自失に。

とんでもないうっかり屋さんの私ではありますが、
結果的には、初めてのベトナムホーチミンの旅で、
「戦争証跡博物館」を訪れ見学出来たことは、何かの導きだと思い、
行き先を間違ったタクシーの運転手さんには感謝したいと思います。



オルネリョ!さんと一緒の旅なら、間違いなく呆れた様子で、
「書いてあるだろう~!あそこに!」と、英字を指して言われそうですが、
タクシーが遠回りしているのではないかと、車中で気を揉んでいて、
到着したことで大満足。文字が文字で無く、ただのデザインにしか見えませんでした。

タクシーが着いた、ここが「ホーチミン博物館」とハナから信じてしまいました。

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入館料は大人1人15,000ドン(約75円)と、申し訳ない程の料金。
チケットを見ても、これではここが「戦争証跡博物館」とは気づきませんでしたね・・・。

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開館時間は朝の7時半から12時まで。休憩を挟んで13時半から17時までと、
本当にベトナムホーチミンの朝は早いです。私も朝は早起きの人。
朝食をすませ、最終日も早々に動き出しました。朝早い時間に到着して、ここでも正解です。
私の見学が終わる頃には、団体さんが、わんさかとバスから降りて来ていました。

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エントランスの前には、戦闘機に戦車と、ずいぶんの数の軍事モノが展示されています。
そりゃ~そうです「戦争証跡博物館」ですから。しかし私は、
不謹慎ではありますが「ビリーズブートキャンプ」を思い出しました。

米軍における新人向け基礎訓練である「ブートキャンプ」をベースに、
ビリー・ブランクスが考案した、短期集中型エクササイズですね。
ずいぶんとヒットしたエクササイズのための通販商品。
貰い物ですが我が家にもあります。

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アメリカの陸軍の練兵軍曹、ビリー隊長を思い出してしまう私。
「米軍」イコール「ビリー・ブランクス」なんてしか頭に浮かばない、
平和な国で生まれ育ち、ベトナムに旅行に来た日本人のおばちゃんですから。

このあと見る、爆撃から逃げ惑う子供たち、枯葉剤の奇形児の姿などなど。
痛ましいベトナム戦争の数々の報道写真を見てしまって、
私がどれほどのショックだったか・・・お分かりいただけるいかと。

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戦車って大きいですね。吉田 戦車じゃありませんよ。
またまたすみません。それくらい気を抜かないと、ここは本当に辛い博物館です。

この戦車は「M.48 A3 TANK」実際ベトナム戦争で使用された戦車。
英語が記号でしかない私にも、この程度は読み取れました。

あとから検索すると「M.48 A3 TANK」は、アメリカ合衆国が開発した、
第二次世界大戦後の第1世代型主力戦車で愛称はパットン (Patton)。

M48A3は、M48A1のエンジンをディーゼルエンジンに換装し、
新型の射撃統制装置を搭載したらしい~。
書いていても、戦車に興味が無い私には、ちんぷんかんぷんですが・・・。

ベトナム戦争では、主にアメリカ海兵隊と南ベトナム政府軍が使用。
またベトナム戦当時までM48はアメリカ軍の最重量戦車であったらしい。
(ウィキペディアより抜粋引用)

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これはタンデムローター式の大型輸送用ヘリコプターで「CH-47 CHINOOK(チヌーク)」。

私、戦争映画では見たことありましたが、現物は初めてみました。
これチヌークが、映画のスクリーンに出てくると、
「あわわわわ~戦争が始まった~」なんて感じるものですが・・・

これまた検索すると、アメリカ合衆国のボーイング・バートル社、
(現ボーイングIDS社のロータークラフト部門)で開発された輸送用のヘリ。
ベトナム戦争でも使用され、現在でも生産・運用されているらしい~。
(ウィキペディアより抜粋引用)

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記念写真でも撮ってみますか。モデルは私に似ていますが?私ではないです。
人が戦車の前に立つと、その大きさがわかりますね。

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戦車砲が長いのもよくわかります。
普段、戦車について考えることは皆無ですが、実際に、これだけの戦車が並ぶと圧巻。
ところでここでは日本人観光客には遭遇しませんでした。欧米人とベトナムの人ばかり。
中国人や韓国人は皆無。たまたまかな~。

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はい。そしてここからは「Danger Zone」そうです。
ケニー・ロギンス の曲「デンジャー・ゾーン」が私の頭に流れます。

ケニー・ロギンスと言えば、映画「フットルース」が有名ですが、
米海軍の航空訓練部隊を舞台とした青春映画「トップ・ガン」の、
ノリノリのテーマ曲も良かったですね。

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映画が私に教えてくれたことですが、「トップガン」とは、
アメリカ海軍戦闘機兵器学校のトップクラス、
わずか上位1パーセントのエリート戦闘機パイロットを養成する機関の通称。
ここで彼らは、映画で見られたような空中戦技を磨くのだそうです。

なお映画の戦闘訓練飛行は、訓練機を使い、CGも合成画像も使わず、
軍の協力によって撮影されたもの。いやいやアメリカの軍隊って本当に凄いです。

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そのアメリカ軍をも手こずらせたのがベトコン。
「エリート戦闘機パイロット」を有するアメリカが、ベトナムには敵わなかった。
そう考えたら、これは凄いことではないでしょうか~。

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これもホンモノ!?こういった代物は、映画でしか見たことがないので、
リアルな人殺し飛行機を見ると、現実か空想かの区別ができなくなりそうで怖いです。

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私がホーおじさんの博物館だと信じて疑わなかった、
ベトナム戦争証跡博物館は、ベトナム戦争を辿る博物館です。

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ベトナム戦争は宣戦布告なき戦争とも言われていますが、戦争の始まりは、
1960年にはじまった南北ベトナム間の戦争というのが一般的。

ベトナム戦争は、アメリカを盟主とする資本主義陣営と、
ソビエト連邦を盟主とする共産主義陣営との対立を背景とした「代理戦争」で、
東西冷戦構造の縮図と遠い昔、中学校で勉強したこと思い出しました。

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ベトナム戦争をめぐっては、世界各国で大規模な反戦運動が発生し、
社会にも大きな影響を与えたことは、僅かながら私も記憶に残っています。

永きに渡りベトナム本土は戦場となり荒廃しましたが、
1975年4月30日、サイゴン陥落によってベトナム戦争は終結しました。

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建物の中へ入りました。1階にはミュージアムショップもあり開放的ですが、
2階3階へと上がるにつれ、私が撮った写真が、極端に少なくなります。

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アメリカが参戦した朝鮮戦争とベトナム戦争を比べてみると、
戦争の歳月は、朝鮮戦争が3年1ヶ月、ベトナム戦争が17年2ヶ月。
アメリカが戦争に使った戦費が朝鮮戦争が540億ドル、
ベトナム戦争が6,760億ドルと、圧倒的にベトナム戦争の方が長い歳月、
そして莫大で無益なお金をかけています。

17年も戦争する!?ベトナム戦争の戦死者は5万8千人を超えているそうです!!

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2階には、ベトナム戦争で亡くなったジャーナリストを追悼するコーナーも。
また戦場カメラマンの沢田教一氏がピュリッツァー賞を受賞した有名な写真のほか、
石川文洋氏の解説つきの写真などが展示されていて、ベトナム戦争時、
日本人ジャーナリストが果たした役割の大きさも、ここで知ることが出来ます。
旅行記の冒頭に紹介した、元産経従軍記者の近藤紘一さんも、そのお一人です。

「ワッタカッタ!さんのBLOG」では、展示物の画像はこの程度までしか紹介できません。

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2階から3階にかけての展示は、深刻過ぎて衝撃的過ぎてカメラを向ける気持ちになれません。

米軍のナパーム弾やりん弾によって殺害され、人体損壊した人間のリアルな画像。
非人道的な枯葉剤の散布による影響で生まれた、これでもかという数の奇形児の画像。

ここ戦争証跡博物館は、ベトナム戦争の悲惨さを世界中に伝えるため、
見学者の写真撮影は原則自由だそうですが、私には頭に焼き付けるのが精一杯。

ここ博物館で私は知ったことですが、アメリカは、枯葉剤の使用を含め、
ベトナムで行った非人道的行為の全てを、一切謝罪していないそうです。
ブッシュやレーガンといった保守政権も、カーターやオバマ政権も。

謝らないアメリカ。謝罪どころか枯葉剤の被害者に対しての保証も賠償も無し。

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胸が潰れそうな気持ちを抱えて、建物から外へ出ると空が眩しかったです。

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展示を見る前と後では、戦車や戦闘機が違って見えました。人殺しは反対。

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どんな大義名分があろうと、人殺し、戦争は絶対に反対です。

ここはけして楽しい場所ではありませんが、世界中の人々が広島、長崎を訪れるように、
私たち日本人も、ベトナムホーチミンに寄ったら、ベトナム戦争証跡博物館を訪ねて、
世界の平和について考える時間は大切なことかも。

爆弾が枯れ葉剤が降って来たベトナムの青い空を見て、そんなこと気づきました。



追記:戦場カメラマン石川文洋さんのインタビュー
    ベトナム戦争を取材されたカメラマンが語る戦争の話です。


http://blogos.com/article/89215/
http://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/140617/?sid=top_main




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