ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
2011年08月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2011年10月
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2011年09月
ARCHIVE ≫ 2011年09月

私の祖先の仇~秀吉が夢見た朝鮮半島~芸妓は仇を討ったのか!?

2011年8月~慶尚南道5泊6日の旅 8月23日火曜日 その17


韓国の晋州城址を観光します。観光というには、はばかられます。
石は投げられませんが、気が重くなる場所です。

ここ晋州の城は、紀元前1世紀の三国時代までさかのぼります。
城内で、軍民合わせて6万人が玉粋したと伝わる、
1592年の文禄の役(韓国では壬申倭乱)で、日本でも韓国でも
よく知られる歴史的な古戦場跡地です。



佐賀県の鎮西町の名護屋城址に立って、秀吉は正気だったのか?と
海の向こうの朝鮮半島を思い浮かべ、私は考えたことがあります。

このブログでは、日韓の歴史的なことを語るのは、やめます。
しかし晋州を訪れるにあたって、少しだけ私の事情を説明すると…。

P1130132.jpg
↑朝鮮半島の三大楼閣に数えられる「矗石楼」現在は1960年に復元されたもの 。

父の生まれた家は、佐賀県の志気(シゲ)にあります。
昔この辺りの家では、自宅に産婆さんを呼んで赤ん坊を産むのが当たり前。
父も自宅で、たしか12人(だったかな?)きょうだいの末っ子として、
生まれたそうです。(今の私は、こちらの親戚とは疎遠です)

P1130133.jpg
↑ここから南江の畔へ出ます。

九州人でも志気(シゲ)を訪れたことがある人は、少ないと思います。
父の幼い記憶では、暗闇の山あいの暮らしは、ランプの灯りで夜を過ごし、
水車がガタンゴトンと音を立てて回る、藁葺の屋根の家が多かったらしい。
父は物心がつく前に、育ての親へ養子に出されたので、この村に親、兄弟、
親戚がいることは、大人になるまで知りませんでした。

P1130134.jpg
↑案内は韓国語のみ。豊臣軍には韓国語が出来る通訳がいたのかしらね?

ただ節目節目に、養母が実母に父の顔を見せるため、村に連れて行くので
とんでもない田舎だと、子供の頃から感じていたそうです。
私が子供の頃、村の共同浴場に連れて行かれたことがあります。
そこは混浴で、近所のおじさんも娘も一緒に、入浴していました。
小学生の私は尻込みをして、入れませんでした。今でも忘れられない記憶です。

P1130136.jpg
↑「義岩」は、豊臣軍が「矗石楼」で祝宴の最中、芸妓さんが豊臣の武将を
 色気と話芸?でまんまと岩場に誘い出して、
 武将を抱えて(抱きついたのかな?)身投げした悲話が残る場所。
 亭主は熱心に韓国語の案内を読んでいますが…。


家系図をたどると、父の生まれた家は、波多三河守の家臣の末裔に当たると、
私は子供の頃から繰り返し繰り返し、言い聞かされてきました。
上松浦党の盟主、波多三河守の居城「岸岳城」があったのが
ここ志気(シゲ)村から遠くない場所。

豊臣秀吉の、一方的な言いがかりによって
改易(藩の取り潰し)され、不本意な最期を遂げた波多三河守。

波多家の遺臣たちは、自刃するもの、あるいは野に下り
帰農するものが多く、父から聞いた話では、山深い志気村にも
多数の遺臣たちが逃げて来て、やがて畑を耕し
田んぼを作ったのではないか?という言い伝えを話していました。

「岸岳城盛衰記」「名護屋城の謎」「松浦党戦旗」などの書物を、
いつかゆっくりと読んでみたいと思っています。

村に伝わる「岸岳末孫の祟り」の話は、もう何回、子供の頃から聞いたか分かりません。
「きしたけ ばっそんの たたり」については、話が長くなるので、またいつか。

私が横溝正史の小説が好きなのは、そんな事かもしれません。

P1130142.jpg
↑韓国語が理解出来る亭主の表情は、一段と暗くなりましたね。

私の祖先は、豊臣秀吉によって、滅ぼされたのか?

秀吉によって滅ぼされた家は、日本全国にあると思いますが、
ちっぽけな家に生まれた父も、そして私も、秀吉は仇になります。

P1130144.jpg
↑この先が、国立晋州博物館。文禄の役(壬申倭乱)にまつわる
 歴史的な資料の展示があります。正直に言って気が重くなる博物館です。


仇の秀吉は、文禄の役では20万以上の兵を、慶長の役では14万人の兵を、
九州の名護屋から朝鮮半島へと、出兵させたのです。
その節は本当に、朝鮮半島の皆様には、ご迷惑をおかけしました。

P1130145.jpg
↑修学旅行と思われる、韓国の高校生の集団が見学していました。
 彼らは、どんな印象を持つのか…。とにかく気が重くなりました。


韓国の晋州には、壬辰・丁酉倭乱の傷跡の話が多く残る町です。
晋州を訪ねた日本人には、朝鮮半島侵略をもくろんだ秀吉の、出兵基地だった、
名護屋城跡、陣跡と名護屋城博物館にも、是非足を運んで欲しいと思います。

P1130146.jpg
↑蛇口を回すと水が出ました。公園に似合わないな~なんてフト思ったり。

晋州の南江の流れを見ていると、なぜか九州の名護屋城跡で、
秀吉の途方も無い野望に驚いた気持ちが、フラッシュバックしてしまいました。

つづく

にほんブログ村 海外生活ブログ 韓国情報へ
にほんブログ村
↑↑↑
クリックもお願いしますね^^


P1140509.jpg