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ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
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年越し蕎麦は義母と最期に行った店~舅と長男と長男の嫁との初めての年末年始2011~2012

1月31日

年末年始を初めて、夫の実家で過ごすことになり、買物をすませ、
迎えに来てくれた義父と夫と共に、夫の実家に到着しました。

早速、新宿と世田谷で買って来た食材は冷蔵庫へ。
『重かったよ~』
あらかじめ冷蔵庫の庫内の引き出しは、洗ったつもりでしたが、
まだまだ洗い残しがあったので、それも全部洗うことにしよう~と、
冷蔵庫の小さな引き出しを開けたら…

「なんで?凍っているの?」

夫に冷蔵庫の大きな引き出しの野菜室に入れてとお願いした、
前日私が作った、おかず5品の表面に霜が立っているのをみつけ、唖然!

ウチの冷蔵庫と同じナショナルですが、ここのウチの冷蔵庫は
とにかく引き出しと区画が多いタイプの冷蔵庫。切り替えもできます。
韓国には無い発想の冷蔵庫。「日本人は細かい」ってタイプの家電です。
夫に「間違えても、チルドとパーシャルには入れないで!」と
あれほど言いつけたのに、ヤツは何を聞いていたのか!プンプンプン!

冷蔵庫の庫内の清掃をすませると、義父から取り扱い説明書を
出してもらって、イチから冷蔵庫の冷やす機能の再確認…なんかをしたり、
野菜を洗って包んで収納したり、数の子の塩抜きの準備を始めたり…

とにかく使い慣れない台所で、次々と段取りよく支度を始めました。
夫は何をしていたのか不明。義父は駅前まで、また自転車でおでかけ。

そして昼過ぎに、マクドナルドのハンバーガーを4個買って帰宅。
2個は夫、残りの1個ずつを義父と私が食べました。
夕方の早い時間にお蕎麦屋さんに行くので、昼食は簡単にということです。

この先4日間、いつ、何を食べるかは、義父の采配でした。
夫婦の間では、阿吽の呼吸というのでしょうか~?
何時に何を食べるか?なんて、そうそう気にしたこともありませんが、
そうか~生活のリズムとは「慣れ」もあるのだな~なんて4日間で実感。
家族って、毎日一緒に楽しく、ごはんを食べるメンバーですね。

P1150171.jpg
年越しの蕎麦は、私は珍しくなんとなく「おかめ」にしました。

台所に立っていると、お蕎麦屋さんに行く時間になり3人で出かけました。
到着したのは、あの蕎麦屋。義母と最後の外食をした蕎麦屋でした。

10月再入院する前でしたね。検査の結果、ガンの転移がみつかったと聞き、
居ても立っても居られなかった兄弟が実家に偶然揃い、
義母を心配して集まったはずが、義父にすすめられるまま、
こちらは、どんどんお酒が入り、義父も私たちもいい調子。
とても最終通告を受けたガン患者と、その家族とは思えませんでした。

義父は、思いがけず息子2人が揃ったせいでしょうか~。
仕舞い込んであったワインまで出してきて、ちょっとした宴会に…。
「お義母さんは、先がもう長くないから、遠慮せんで、
もっと遊びに来て欲しい」と、義母を前におっしゃるお義父さん。

義母は、ほとんどあきれて廊下から見ていました。
この日も「片付けは私がします」と、譲ってくださらないので、
グラスの1個も洗わず家を出ました。
義父の飲まずにはいられなかった気持ちも分かるし、
義母の頑なまで、最期まで自分のやり方を通したい気持ちも汲みたいし、

本当にこれから頻繁に遊びに行っていいのか~?迷いました。
しかしほどなく義母は再入院。これが実家で過ごした義母との最期でした。


酒が入り話が長くなった私たちに、痺れを切らした義母が
「お腹が減ったから食事に行こう~」と、廊下から珍しく2度3度、強く催促して
ようやく重い腰が上がった私たち。誰のために集まったか、もうワカリマセン。

そしてあそこの店でもない、ここの店でもないと、義父と義母が変に揉めて、
行き着いたお蕎麦屋さん。あの日は、悲しむことも出来なかったです。

「この店でお義母さんと、お蕎麦を食べたね~」と、思い出してしんみり。
結局ここでも、亡くなった義母の話でした。
義父は口を開けば「おかあさんが…おかあさんが…」と、話が尽きません。
まるで母を失った子供のようでもあり、夫も私ももう何度も涙ぐみました。

軽く飲んで蕎麦で仕上げて、さあ~これから夫の実家で年越しです。

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