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ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
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元旦の朝~夫の実家で思いがけず楽しみを発見!舅と長男と長男の嫁との初めての年末年始2011~2012

2012年1月1日

2012年の元旦の朝。夫の実家で初めて迎える朝です。

「明日の朝はゆっくりでいいから」とは、義父に言われてはいましたが、
しばらく布団の中でぼんやりして、7時過ぎくらいには私は起床。

台所に直行です。お湯を沸かして1人でコーヒーを飲んで…
義父と夫の目が覚めないように、静かに静かに物音を立てないように…

大晦日に洗い残した皿やグラスを洗い、義母が使っていた数ある鍋から、
雑煮を炊くため選んでおいた鍋が、やはり小さいのではないかと気になり、
収納庫から、別の鍋を出してみたり引っ込めてみたりして悩み。
雑煮を盛るには、どの椀がいいだろうか~と、今度は食器棚から
取り出したり戻したりして悩み。
数の子や蒲鉾、黒豆に田作りなどお節料理には、どの器が相応しい~
だろうかと、義母の有田焼のコレクションから全体のバランスを考えて、
これまた静かに静かに、食器棚を開けたり閉めたり見上げたり屈んだり、
あれこれ手にしては悩み。元旦の朝に使う鍋や食器の類を決めました。

収納のスペースがたっぷりあるので、1度や2度の確認では、
何がどこに収納されているか、私にはなかなか覚えられません。

そして選んだ鍋や食器を全部、念のため、ホコリを洗い流し布巾で拭き、
作業台に並べ『まあまあのセンスだな』と選んだ組み合わせに自己満足。
有田焼
九州の私の実家でも親戚でも、多種多様の有田焼を日常使いとして、
普段の食卓に普通に使っていましたが、義母の有田焼のコレクションは
東京の主婦が選ぶにしては、なかなかの玄人好み?するコレクションです。

作家ものの器こそありませんが、義母が長年かけて、妥協することはなく、
自分の趣味に合うものだけ、あちらこちらで買い集めた器だと分かります。
揃いの器でなくても、どれもが義母1人だけの好みで選んだ器なので、
小鉢も豆皿も中皿も角皿も、どれをどう合わせても、食卓に並んだ時、
上手く調和して、器と器の良さが、それぞれに引き出される感じです。

こうしてお正月の3日間、食器棚に並んだ有田焼から、あれこれ出しては、
これとこれを組み合わせるといいかな~、いやこっちがいいかも~と、
私は、これが思いがけない事に、お正月台所での楽しい~時間になりました

食卓に上がる料理が2日同じでも、器が毎回あれこれと変わっているとは、
おそらく夫は気づいていません。気づかれないくらい着飾らない器の数々。

そして飾らない家庭料理にも、華やかなおせち料理にも、
有田焼はよく合いますね~。料理の腕が上がったと、私は勘違いします。

食べることも、作ることも好きだった義母。こうして台所で器で遊び、
毎日の食事の支度を、きっと楽しんでいたのではないでしょうか~。
日々の暮らし、好きな器に囲まれて、幸せだったのではないかと、
お正月の台所と食卓で、勝手ですが私は想像しました。



韓国では、たかだか1年3ヶ月の暮らしでしたが…
日本に完全帰国して、その足で九州一周旅行をして思いました。
あらためて感じたのは、日本の器文化は素晴らしい~。
特に九州地方の焼き物文化は、本当に素晴らしい~。
韓国の店では、ステンレスやプラスティックが日常でしたから…。

でもしかし有田焼と朝鮮半島は、深い関わりあいがあることは
よく知られています。
有田焼をひらいた李参平は、1597~1598年の慶長の役で、
鍋島軍が朝鮮からの引き上げの際に日本に連れ帰った陶工。
私も子供の頃から聞いて、知っていました。

義母も知っていたのかな…。



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※有田焼の写真はお借りしました。