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ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
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2005年のあの韓国人気女優イ・ウンジュの自殺は一体何だったのか?そして、その後の家族はいかに?

TEXT BY オルラッタネリョッタ!






前回のブログ記事、映画「バンジージャンプをする」を書くため、
映画の中身をざっと見直しましたが、
2005年に自ら命を絶った女優이은주(李恩宙[イ・ウンジュ])
(1980年12月22日【全羅北道・群山】- 2005年2月22日)のこと、
思い出さずにはいられませんでした。

彼女を初めて知ったのは、2000年公開の映画「オー!スジョン、 오! 수정 」。
僕が正直好きではないホン・サンス監督の作品。
第53回カンヌ映画祭「ある視線」部門に招待されたこの映画で、
彼女は2人のジジイから言い寄られる天使みたいな女性を演じていました。


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DVD特典の映像(撮影期間中にインタビューを受けるイ・ウンジュ)

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彼女の略歴を始めの部分だけご紹介すると…
5歳からピアノを習い、音大を目指していたイ・ウンジュは、
1997年、スマート学生服のCFモデルでデビュー。
1998年、SBSドラマ「白夜3.98、백야 3.98」で主役シム・ウナの少女時代を演じて注目される。

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そして、1999年SBSドラマ「カイスト、카이스트」で名前が広く知られることに…


※大学の成績のためなら手段を選ばない「氷姫」のような女子大生役を演じました。

僕も彼女の突然の死に驚いた内の一人でありますが、
最近でも、芸能人が自殺するたびに、ニュースの冒頭では
2005年の彼女の自殺の件が触れられるのを見ると、
彼女が、韓国の人にとって忘れられない女優なのだということを
認識させられます。


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彼女の1周忌の2006年2月に、KBSで「フォトドキュメント」という特別番組が放送され、
彼女にまつわる多くの品々、親交のあった俳優仲間がインタビューを受けていました。

※YouTube 画面下の「字幕」で日本語を選択していただけば、
僕が入れた、とてもへたな日本語字幕が見れます




(ナレーション)
彼女が逝ってしまった日、雪が降りました。
(斎場の)雰囲気は、重い雲が垂れ込めるその日の天気、そのままでした。
イ・ウンジュの死は、すべての人にとって信じることができない事件であり、
認めたくない現実でもありました。
韓国映画界の光り輝く星が遠くへ行ってしまった日、
彼女とともに泣いたり笑ったりした同僚俳優たちは、言葉を失いました。
そして、考え、また、考え抜きました。
何が、それほど彼女を死に急がせたのか?

(44秒~俳優イ・ビョンホン)
ふいに、最も息が詰まる瞬間って、
「彼女とは再び会うことができない」という考えがよぎるとき。
そのことが、本当、私にとって、最も息を詰まらせるような苦痛となるんです。

(俳優イ・ボムス)
別の世界に行ってしまったこと、信じられないし、
(彼女のことを考えると)まず、
後輩に対して恥ずかしくない俳優でありたいと思うんです。

(俳優キム・ジス)
もう1年経ったなんて、実感が湧きません。
まだ、(どこかに)彼女がいるように思えますね。

(俳優キム・ソヨン)
本当に…彼女に申し訳なくて…とても申し訳なく、
あの時は本当に辛かったんで…
そばに(ウンジュが)いなくなり…本当に彼女に申し訳なくて…

(1分46秒~ナレーション)
世間を見捨てるには余りにもまばゆい年齢。
人生の幕を下ろすのにしては、溢れ過ぎの情熱

しかし、常に人々の中に飛び込んでは、ひとりで悩み、
他人に笑顔だけを見せていた彼女。
いつの間にか、自分だけでは耐えられない「重し」が、
積み重ねられていきました。
家族の幸せと健康。
人々からいい俳優として記憶されたい。
心の傷を払い除けたい。
これらのささやかな望みは、彼女がこの世に残した最後の痕跡になりました。

彼女が去っていったあの世。彼女を見送ったこの世。
あれから、時間が同じく過ぎてゆき、1年が経ちました。
世間に名前を知られることよりも、
センセーショナルな人気を得ることよりも、
俳優という自分の名前を土台にして、
頑丈なレンガ造りの家を建てたいと言った彼女。
彼女の家には、今日も、誰よりも激しかった女優を覚えている
人々のメモ書きが、郵便ポストにいっぱいです。


こんな原稿を書いているとやはり、「彼女はなぜ自ら命を絶ったのか?」が、
どうしても知りたくなってしまいます。

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※「お母さん、ゴメン、愛してる」の血文字が記された遺書に衝撃を受けました。

当時の韓国のニュース記事を見てみると自殺原因は、3つほど挙げられていました。

①うつ病説

②2004年映画「スカーレットレター、주흥글씨」での全裸露出シーンによって
彼女の羞恥心は限界に達した

③家庭不和説
母親が賭博常習者で多額の借金を抱え、当時、父母は別居状態だった。

こんな感じなのですが、皆さんの認識と近いですか?

③の説は、韓国で主婦がよくハマる賭博(花札のゴーストップ、고스톱)だと思います。
警察がガサ入れする映像は、韓国でもニュースで見たことあります。


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※これは2011年の地方都市で、大勢の主婦が摘発された
ビニールハウスでカモフラージュされた不法簡易賭博場。

この事件発覚後、釈放された人々の中の、ある40代の主婦は離婚させられ、
ある60代の主婦は、練炭自殺を遂げたそうです。


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※③が事実だとしたら、娘の遺体が安置された病院に到着するや
気絶してしまった母親は、「私の借金、誰が返してくれるの~」で
倒れ込んだことに…

これは、イ・ウンジュの母親のことを調べないと話にならないので、
粘って調べてみたところ、ネットの書き込みで、事情通っぽい人による
ある書き込みを見つけました。

作成日:2005-1229 16:32
2004年10月公開の映画「スカーレットレター、주홍글씨」の
1年前に繰り広げられたキャスティング争い。


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もともと、この映画の主役には、キム・ジスが決まっており、
同時期に行なわれた2005年3月公開の映画「女、チョンへ、여자,정혜」のキャスティングの際には、
主役の椅子は、イ・ウンジュに決まっていたそうです。(2名の女優は所属事務所が同じ)


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※「女、チョンへ」、いい作品です。
子供時代の父親からの性的虐待がトラウマとなった30代独身女性の
心の解放が描かれ、イ・ソラが唄う挿入歌「風が吹く」が心にしみます。

それが、2つの作品、いつの間にか配役が入れ替わって…
映画「スカーレットレター」で、イ・ウンジュの露出シーンが多かったのは、
監督がシナリオを盾に、彼女にヌードを強要したって話が出ていた。
それを苦に自殺したんじゃないかって。でも、それ違いますよ。
出演作を代わってもらったのは、イ・ウンジュの方で、カネのためだったんですよ。
露出シーンが多い映画の方が、ギャラが高いでしょ。
これは、確実な情報なんですが、イ・ウンジュの母親には多くの借金があり、
その額なんと200億ウォンだったそう。母親が、博打の中毒者で、そこまでの額に。
一方で、父親も事業をやるとか言っては、娘からお金をもらっていたそう。

イ・ウンジュは、年収で約10億ウォンを稼いでいたと言われています。
そして、彼女が自殺したプンダンのマンションは、分譲ではなく、家賃を払っていました。
つまり、彼女は仕事をいくらしても、常にお金が足りない状態だったと言えるのです。
父親と母親が別居状態だったことを考えても、母親の博打ぐせがひどかったことが
想像できますでしょ。


父母双方が、娘の自殺の原因は、映画「スカーレットレター」での
過剰な露出シーンのせいだと責め立てるや、映画関係者も彼女の喪が明けた後に、
両親の実態を公表しました。これは確実な情報です。

私の見解では、イ・ウンジュの自殺の原因は、
「過剰な露出シーンでの羞恥心による精神的な苦痛と母親の借金200億ウォンの2つにある」
と考えます。

以上が2005年、韓国ネット上の事情通の書き込み。


僕がこれを読んで見て、思った事は、200億ウォンも借金した人が、
2010年、映画関係者が主催したイ・ウンジュの追悼イベントに
やって来るかな~?(ニュース報道で母親の写真はありませんでしたが、その記述がありました)

ウリワイプに、その旨を伝えると
「韓国人って借金しているほうが威張ってるじゃん」ですって。
でも、そういう借金って裏金融がらみなんだから、ドラマ「銭の戦争」なんかを想起させ、
どこかでひっそり殺されちゃうイメージがありますけどね。

さらに、調べを進めると、彼の実の兄の事はサッパリわかりませんでしたが、
彼女の自殺から2年たった2007年。
イ・ウンジュの母親を突撃取材した記者が書いた記事を見つけました。
何でも、自殺から1年半が過ぎた2006年7月に彼女の両親は離婚が成立。
何と、その2日後に、父親が別の女性と再婚したそうです。


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※娘の自殺後、斎場で正気を取り戻した母親

記者:娘さんのことを思い出しますか?

母親(チェ・スンヒャン):とにかくテレビをつけることができません。
娘の映画が流れるかもと考えてしまうのです。以前、テレビ画面で娘を見てしまって、
1週間近く、廃人のようになってしまいました。
娘の納骨堂の近所に最近越してきました。娘が生前、私に勧めてたことはやるようにしています。
例えば、教会に通うこと。運動をすること。緑茶を飲むこと。

記者:元ご主人とはお会いしていますか?

母親:娘の49日以後は、会っていません。自分の欲で娘を芸能界にやったことを
ものすごく後悔しています。そうした状況で、どうして元夫と顔を向き合わすことが
出来るでしょうか?娘の話が出るたびに、喧嘩になりそうで、
元夫と会う自信なんてありません。

記者:お体の方は、大丈夫ですか?(体調が悪そうに見えたらしい)

母親:先日、甲状腺がんの中期と診断され、セブランス病院で手術を受けました。
現在は、通院しながら、がん治療に専念しています。
※2009年にはガンは完治したとの一部報道も。

この記者さん、父親にもインタビューを試みましたが、会うことを断られたみたいです。
ただ、周辺取材で、子持ちで離婚経験のある女性と再婚したこと。
知り合いとは一切の連絡を絶った状態で、
ある地方の老人養護施設で、ボランティアをしていること。
その奉仕活動の動機が「娘と天国で会うため」ということだけが、
記事に記されていました。

彼女の死後、家族がバラバラになってしまったことだけは、はっきりしましたが、
イ・ウンジュが、何に苦悩していたかも、はっきりわからないままで、
何とも、後味の悪いこの企画。

先日、韓国・聯合ニュースは、一人の有名人の自殺で、
その影響による一般人の「あと追い自殺」は少なくとも600人に及ぶなんて
報道していましたが、
今後、韓国の芸能人もその影響力を十分自覚して、行動してもらいたいと
願うばかりです。

最後は、彼女最期の出演映画「スカーレットレター」内の、
イ・ウンジュが直接歌った曲で締めたいと思います。




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