ワッタカッタ!さんのBLOG

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新羅時代の宮廷跡地「瑤石宮」と「慶州崔富者屋」と呼ばれた名家崔家の話

今回のツアー慶州には、下調べはゼロ、予備知識無しで現地に入りました。
ツアーですから食事場所も当然の、旅行会社任せ。それが功をなしたのか、
たまげました。恐れ入りました。慶州は、耳にする評判以上の地方都市です。

そもそも、韓国の一般の観光情報は盛り過ぎ。期待に胸膨らませ、実際、
足を運んで「ありゃありゃ~」と、肩を落とすこと数回、どころの回数ではありません。

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そのガッカリ感が韓国旅行の楽しみでもありますが、慶州は、ちょっと違いました。

「ワッタカッタ!さん、人の話、聞いてないでしょう~」と、
いつもお世話になっている、今回もご一緒した豊年満作さんに言われます。

いやね、話は聞いていますが、話の中で、1つでも気になることがあると、
その事ばかり考えて、他は、まったく聞こえなくなります。いわゆる上の空。
ハイ、それを人の話、聞いてないということになります。すみません。

瑤石宮(ヨソックン)まで来るバスの移動中、私にとって気になることがあったので、
その事ばかり考えて、ガイドさんの話は、遠くにしか聞こえていませんでした。

正直に告白すると、人間そう長く集中はできません。
楽しみだった慶州観光に朝から全力を尽くし、夕方、少し気が抜けていました。

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ツアーの3日目、晩飯だと案内されて、お屋敷に入ると、何じゃこりゃ!?です。
樹齢何年?何百年?でしょうか~。巨木の老松が、うねって私たちをお迎えです。

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しかも窓越しに見える仕掛け。瑤石宮、ここはただの屋敷ではないと目が覚めました。
バスの中で寝ていたわけではありません。私はバス車中では寝ない人。

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国内外のVIPや有名人が訪ねる、慶州で有名な宮廷料理の店、瑤石宮とは?

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新羅の29代目の王、大武烈王の娘、瑤石公主(요석공주)が結婚し暮らしていた
宮廷の跡地は、瑤石王女にちなみ、名前も瑤石宮(ヨソックン)と呼ばれています。

そこ瑤石宮で、朝鮮王朝時代から名家として続く、崔(チェ)家の伝統家庭料理を、
今なお、崔(チェ)家の子孫が披露している、韓定食というか宮廷料理の店。

それでは慶州の崔家とは、いったいどんな家柄なのでしょう~。

崔家は、400年もの間で、9代の進士合格者を輩出し、
12代の萬石クン(マンソックン:만석꾼)として続いた、通称、
「慶州崔富者屋」と呼ばれる名家。

進士とは、科挙の小科の一つで、これに合格しないと
科挙の本科の受験資格が与えられません。

萬石クン(マンソックン:만석꾼)とは、江戸時代の日本でいうところの、
1万人の家来を1年間養える米を生産できる田を保有するほどの
金持ちというたとえ。

慶州の崔家とは、長きにわたり富と名声を保持してきた伝統ある家柄。
血統的に頭が良くて、しかも金持ち。そして先祖代々伝わる料理も上手い。
そんな由緒正しい家なら、誰でも嫁に行きたいです。
しかし、そこには厳しい掟が・・・

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「慶州崔富者屋」で伝わる伝統として、進士以上の出世を禁止し、
1万石(1500トン)以上の財産(米が採れる土地)を、所有してもいけません。

また嫁には、嫁入り後の3年間は粗末な服を着させます。 
(男には必要以上の出世を禁じ、女には贅沢することも戒めました)

しかし、訪問客には盛大にもてなすこと。しかし凶作の年には、
他人の畑から作物を購入することは禁止。

そして家の周囲100里(40km)で餓死者が出ないように、
周囲の住民への施しは忘れないように。

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韓国に、そんな家風の家柄があったことに、私は驚きます。
そして、その建物や調度品を見ると、新羅時代にタイムスリップ!

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邸宅全体には、韓国の古典楽器の音色が静かに流れていました。あれね、
KTXに乗車すると停車場で、もの悲しく聞こえてくる伽倻琴(カヤグム)の音。

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私には、ソウルや釜山にKTXが到着したのかと思う古典音楽の調べ。

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建物屋敷入口から続くお庭に驚き、アプローチも素晴らしく、
客室となっている母屋に向かいます。ぐるりとコの字型の韓国伝統建物。

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どこに立っても絵になる眺め。

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どこから見ても・・・

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どちらの角度から見ても、素敵な空間。

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接客する女性は韓服。

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ここでは、誰もが、新羅時代の王女の気分になれそうです。

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さてお次は、お食事の紹介と思いましたが・・・もう少し崔家のことを紹介。

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写真は、慶州崔氏で最後の金持ちと言われる、
故・崔浚氏(チェ・ジュン:최준、1884年~1970年)。
抱えられているお孫さんは、現在、春川地方法院で部長判事を務める
崔成吉(チェ・ソンギル:최성길)氏。

崔浚氏は抗日運動家に資金提供した罪で日本の警察に逮捕され、
ひどい拷問を受けたと、古い韓国の新聞に記事があります。

崔浚氏が最後の金持ちと言われるのは、彼の死後、
晩年教育事業に力を注いだ遺志に従い、嶺南大學校(慶尙北道慶山市)に、
先祖代々守られた財産は全額寄付され、「慶州崔富者屋」は消滅。

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崔浚氏の左は、実弟の최윤(チェ・ユン:1886~1970年)氏。
瑤石宮(ヨソックン)は、レストランとして使われる前は、こちらの弟さんの住まい。

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崔浚氏が暮らした旧家屋は、こちら慶州校洞崔氏旧家屋(경주교동최씨고택)。
重要民族資料27号に、1971年05月26日指定されています。
所在地:경상북도(慶尙北道) 경주시(慶州市) 교동(校洞)69

それでは、慶州の名家、崔氏に伝わるお料理を、新羅時代の王妃の王宮でいただきます。





☆瑤石宮(ヨソックン:요석궁)
ヨソク1

所在地:경상북도(慶尙北道) 경주시(慶州市) 교동(校洞) 59-2
電話:054-772-3347(予約するのがベター・多分日本語可)
営業時間:11:30~15:30(ランチ)17:00~21:00(ディナー)基本年中無休
交通:中央線‘慶州驛’から3.1km、タクシーで8分。

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こちらの画像は、DAUMロードビュー(2014年9月撮影)から瑤石宮の昼景。

私たちは、日没後に、到着しましたが、
もう少し明るい時間に、建物全体と、お庭も見てみたかったです。


参考になった関連ブログ
http://kalefarmer.tistory.com/11548





〈 取材協力:日本空港ビルデング(株) ♡ 韓国空港公社






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Comment

足るを知る
明けましておめでとうございます。レス標題の内容が慶州崔氏の基本的な考え方ですね。腹八分目で上から目をつけられようにし、周りから嫉妬されないように地縁血縁の人々に利益を還元。非常に賢いサバイバル術ですね。贅沢を戒め質素倹約。
成金に有り勝ちな自分の富を見せ付けるという態度を彼らは採らなかった。それが400年の長きに渡って家門が続いてきた秘訣なのでしょう。今の世にも通じる考え方ですよね。
こういう考え方や態度が朝鮮王朝の指導者層のスタンダードに成っていれば、近代東アジアの歴史は変わったと思います。中国と日本とロシアの間にはさまれた自主独立の朝鮮が有り得たと思うのです。
新年早々良いお話を伺えました。有難うございます。
2016.01.01Fri 22:50 ≫ 編集
Re: cdaさんへ
cdaさんへ
あけましておめでとうございます。
おっしゃる通りです。家門を守る秘訣が集約してます。
しかも、時代に合わなくなってきたら、財産は教育に全額寄付。
潔いです。私も、新春の始まりの記事に相応しいと思いました。
ありがとうございます^^
2016.01.02Sat 04:27 ≫ 編集
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016.08.19Fri 15:44 ≫ 編集

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