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【韓方ツアー】日本統治下時代の詩人で抗日運動家 李相和の古宅の見学

ツアー3日目は、韓国、第三の都市、大邱を訪問しました。
午前中は韓国ビューティ体験、そして昼食、午後からは博物館見学に続き、
大邱近代コルモクツアーに出発。

事前に送られた旅のしおりには、「大邱近代コルモクツアー」と記されており、
その内容、詳細については、現地に入らないと分かりませんでした。

あまり深く考えていない私。ツアーですから、すべてお任せ気分です。

今回のFAMツアー、主催者サイドが手配したガイドさんの他、
大邱近代コルモクツアーについては、現地ボランティアガイドさんによる案内でした。
大邱については、大邱に詳しい専門ガイドが付くという趣向です。

これまた悩ましいのですが、先生と呼ばれていた私は、主催者が手配したガイドさんから
事前に相談を受けました。ここに書くには少し迷いましたが、ガイドさんも葛藤があります。
私も葛藤があります。ガイドさんは、私たちが気分を害しないか心配されましたが、
私たち、1人を除いて皆さん、韓国旅行リピーター。
ちょっとやそっとのことでは驚かないと、私が判断して、OKを出しました。

そんな経緯があった「李相和 古宅」の見学です。




韓国には、そういう一面もあること知ることが大事。知って自分の頭で考えます。

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「李相和 古宅」の周辺、案内の整備もですが、道もよく清掃されていて、
市の予算の付け方から、大邱市の本音?姿勢も透けてみえそうです。

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高いビルの合間に、忽然と、「李相和 古宅」はありました。

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母屋と別にトイレがあるのは、この当時の韓国、相当な金持ちの家だということです。

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李相和(1901年4月5日~1943年4月25日)(読み:イ・サンファ 이상화)
朝鮮の詩人。号は尚火。

慶尚北道大邱市生まれ。1919年、三・一運動が起こると、李はこの運動に呼応し、
大邱で独立運動を起こしますが、朝鮮総督府に追われソウルに逃げます。

1923年、日本へ留学。東京のアテネ・フランセでフランス語を学びますが
関東大震災により帰国。この時代、抗日運動家を名乗りながら、
日本へ留学する青年は珍しくありません。(そこが私の韓国の不思議?)

反日と日本旅行は、韓国人は別の次元で考えることができます。これと同じ思考かな~。

帰国した李は詩作に没頭し、「金剛 頌天」「逆天」「別離」などの作品を発表。
1927年、故郷の大邱に戻りますが、李は常に官憲に監視され、次第に精神を病んでいきます。
酒と女に溺れ堕落していく日々から一転、1935年、中国に渡り1年ほど遊覧し、1936年に帰国。

帰国した李を、朝鮮総督府はスパイ容疑で逮捕します。拷問により衰弱しましたが、
1936年から40年まで、嶠南学校で教育や文化活動に取り組み、春香伝の英訳など手がけます。
そして詩人であり、抗日運動家の李相和は、1943年4月25日、午前8時、自宅にて死去。
ウィキペディアより一部引用 古宅にある碑と読み比べると面白いです)

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古宅そばの案内所では、日本人観光客も満面の笑顔を迎えてくれます。成熟した大邱の人々です。


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