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ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
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登山ブームですが~あなたは地下足袋で山に登ったことがありますか?

2011年8月~慶尚南道5泊6日の旅 8月25日木曜日 その39
あっぱれ~♪韓国100名山の1つ弥勒山に登りました~!(後編)です。


私が初めて登山らしい~登山をしたのは、小学6年生の夏休みの富士登山。
前年の夏、母方の祖母が富士山に登って、それに母親が感銘を受けました。
近所でも親戚でも、日本一の富士山に登った人は、少なかった時代。

家族4人が九州から出発して、富士山に登頂するため、母親はいろいろ
準備検討して、翌年の夏、読売旅行のパック旅行に申し込みました~。

九州からフェリーさんふらわに乗船、船中1泊して大阪(神戸だったかも?)へ。
そこから高速をひたすら走り、富士山の五合目に夕方到着しましたが・・・。

私は腹が立って恥ずかしくて悲しくて、バスから降りませんでした。
バスから窓の外を見ても、地下足袋を履いている人は、そんな家族は、
ウチの家族以外、他に見当たりません。

「富士山に登るには、地下足袋が1番!」と、
昭和51年、地下足袋を履いて富士山の山頂に立った祖母から、
1年かけて周到に下調べをしていた母親は、吹き込まれたのです。

P1130576.jpg

まさか子供用の地下足袋なんて、世の中に売っているとは思いませんでした。
しかしウチの母親は、小学生だった弟の足に合う子供用の地下足袋も
どこからかみつけてきて、家族4人分揃えたのです。

幼い弟は、疑問も無く母親から言われて地下足袋を履きましたが、
ツアーガイドの読売旅行のお兄さんが、ちょっとステキ~と
思える年頃になっていた小学6年生の私には、
地下足袋を履いた自分の姿が、とてもとても…カッコ悪っ。

バスから降りない私は叱り飛ばされて、強引に集合写真に納まりましたが、
私は足元にリュックサックを置き、泣き顔です。
あの時の、富士山五合目での集合写真を見る度に、思い出しては泣けます。

たしかに祖母の話の通り、食料品や医薬品を運ぶ背負子さんは地下足袋。
強力(ごうりき)さんも、当時は地下足袋だったような記憶です。
34年も前の家族旅行の話ですが、山に登ると今でも思い出しますね~。

4人揃って地下足袋姿の親子4人が、富士山頂でご来光を拝んだ夏。

P1130575.jpg

富士山頂も大混雑でしたが、ここ弥勒山の山頂も混んでいました。
途中までロープウェイを使って登ってきた、ただの461メートルですが、
ご覧の通り、ただの韓国旅行にしてはキツイです。

あっぱれ~♪韓国100名山の1つ弥勒山に登りました~!(前編)
↑↑↑
ちょっと思い出話を挟みましたが、この記事のつづきです。



そしてここからは、統営の港がキレイに見えました。

P1130572.jpg

左手、湾の奥の方に、夕べ泊まったホテルがあります。

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いよいよ下山します。登りより降りの方が、足元要注意ですね。
事故や怪我は、降りの方が多いと聞きます。

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この方たちは、麓から自力で登って来られたのかしら~。

そうそう富士登山には、金剛杖が必需品。
登山用のステッキではなく、やっぱり山登りは、地下足袋と金剛杖ですね~。
焼印を押した家族4人の4本の金剛杖は、
まだ九州の実家に残っているのかな…。

P1130585.jpg

弥勒山の降りの景色も、なかなかのものでした~。
その先、海に落っこちそうな景色が広がります。

P1130587.jpg

ここは、シンソンデというビューポイント。

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オルラッタネリョッタ!さんも、富士登山の経験はあり。
東京から車を運転して富士山まで往復。カンカン日照りの日中に登り、
夜、東京に戻ってきて、ひと仕事したあと、居酒屋で私と酒を飲み、
翌日は朝からまた仕事。あの頃あなたは、元気でした…。

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ハイハ~イ!閑麗水道眺望ケーブルカー発着場所に到着です。
少し売店で休みますか~。

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そこに山があったから、登ってしまった統営の弥勒山。
なかなかの景色でした~。お天気が良ければオススメですね~。

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当時は、こんなに洗練されていませんでしたね。
農家の人が履くような、もっと渋いデザインだったなあ~。

そうそう職人さんの必需品「地下足袋」は九州の生まれです。
小学生の頃、バス旅行で「アサヒコーポレーション」の
工場見学に行ったことがあります。懐かしい~なあ~^^
母親は久留米で、子供用の地下足袋も探して来たのかな???


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