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ワッタカッタ!さんのBLOG

水平視点の韓国ウォッチと大好きな旅行の記録 ときどきぼやきも・・・
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晋州冷麺は料亭・妓生文化の遺産?冷麺でビルが建つ味の秘密とは~♪

2011年8月~慶尚南道5泊6日の旅 8月23日火曜日 その19

晋州冷麺は今まで食べた冷麺とは、まったく趣向の違う冷麺でした。
噂どおり、本当に美味しかったですね~。
また晋州には、晋州冷麺だけを食べに出かけてもいいくらいです。

韓国の晋州冷麺はこの春移転して「ハヨノッ」に~
旨いのは冷麺だけではありませんでした!


ハヨノッ(旧:晋州冷麺)で食べるユッケ♪
食中酒は馬山の焼酎~ホワイトソジュ!

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この晋州冷麺「ハヨノッ」の関連記事のつづきです。



30代の始めまで、韓国には、まったく関心が無かった亭主が、
あれよあれよと、韓国に興味を持ち出したのは、偶然ウチの隣りに、
風変わりな韓国人の女性が、引っ越して来たことによります。

韓国人では無く、ブラジル人やイラン人やトルコ人だったら…
私たちの今は、どうなっていたのかと考える事もありますね~。

韓国に42歳で留学すると決意した、風変わりな亭主と私も一緒に、
2009年春から韓国で暮らすことに決めました。荷物を整理しながら、
亭主が読み終えた、いくつかの韓国関連の本も韓国に送りました。

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↑1945年から店を守ってきたファンドク ハルモニ~美人さんです。

亭主は、とにかくよく勉強しました。
毎朝6時に起床して8時まで勉強、9時から13時まで学校で勉強。
午後は少し休んで、夕食まで勉強。そしてまた12時近くまで勉強。

40歳過ぎての勉強は、お勉強が出来た亭主ですが、相当キツカッタ様子。
ただただ繰り返し繰り返し、韓国語だけ、毎日韓国で勉強していました。
週末も変わりなく、だだ勉強だけ1年3ヶ月していました。

ある意味幸せな時間。人生の夏休みにしては贅沢な時間です。
今、韓国の会社で韓国語には不自由しない結果を、亭主は1年3ヶ月で習得。
韓国熱は本気でした。なぜ韓国なのか?いまだに私は理解していません。

韓国留学中は、食事に出たり、旅行に出かけたり、友人を作ったり、
もっともっと海外生活を、楽しめると思っていましたが、
心の余裕も無く、再出発に、あとどれだけのお金がかかるか不安で、
思ったほど、韓国を満喫出来なかったことが、ちょっと残念です。

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亭主が勉強をしている側で私は、オンドルの床にゴロゴロしながら、
日本から持ち込んだ韓国関連の本を、よく読んで過ごしていました。

私は韓国料理は好きですが、韓国という国には興味はありませんでした。
しかし、日々の暮らしの中で「この国は何なのだ!」と、疑問だらけになり、
日本から持ち込んだ韓国の事が書いてある本を、読みふけていたわけです。

なかでも鄭銀淑さんの著書は、面白く読ませていただきました。
「韓国の美味しい町」を読みながら、いつかは釜山から木浦の間を、
対馬海峡沿いに移動する「線」の旅がしたいと、私も思いましたね~。

亭主の留学時代には、行けなかった韓国、慶尚南道の線の旅。
晋州冷麺を食べるのか~と思うと、ゴロゴロとして本を読んでいた、
小さな部屋のオンドルの床の温もりまで、思い出してしまいます。

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店のパンフレットにも、鄭銀淑さんの本にも、
北の平壌冷麺と南の晋州冷麺が朝鮮半島の2大冷麺と紹介されています。

北の平壌冷麺は大衆化して、ソウル市内の専門店でも食べる事が出来ますが、
郷土料理として残る晋州冷麺は、この地まで足を運ばないと食べられません。
その伝統的な味を最も伝えているのが「晋州冷麺」あらため
「ハヨノッ」の水冷麺(물냉면)。すごく楽しみにしていたお味は…

たしかに平壌冷麺のスープとは、まったく概念の違う味のスープ。
この~晋州冷麺で、ファンドク ハルモニと娘さん夫婦はビルを建てました。

古都晋州にビルまで建ててしまった、冷麺の味とは…

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北朝鮮の文献「朝鮮の民族伝統」で、
冷麺の中で1番は、平壌冷麺と晋州冷麺と紹介している。

晋州冷麺は、冷麺の本場、北朝鮮でも認められる美味しさで、
晋州地方では、貴族の家の特別食や料亭の夜食として有名だった。

南の豊かな食材で作られた晋州冷麺は、晋州を訪れた高官や、
日本の官僚、韓国人地主たちにも、その美味しさに魅了された。

晋州冷麺は、煮干、昆布、牛すね肉を主材料にして
2泊3日かけてスープを取ったあと、
壷の中で、15日間、低温熟成させて完成させる。

(この作業の中で)煮汁の中に、銑鉄(せんてつ)を瞬間的に入れ、
臭味を取る方法は、昔からつたわる伝統的な手法。
(こうすることによって)豊かな香りと風味、旨みがたっぷり残る。

この出し汁を長期低温熟成させてコクを出し、さらに
昆布、大根、ネギ、煮干などで2回目の出し汁を作って、
最初の出し汁を希釈して使う。


のようなことが、店には書かれています。
牛骨スープやトンチミで作る、平壌冷麺と味が違うのは…

何よりも南の海の豊富な海産物が、手に入りやすいということ。
近くの智異山(チリサン)などの山間部では、蕎麦が多く採れたこと。
(この店の麺は、蕎麦粉とさつまいものデンプンが8:2の割合)
料亭・妓生(キーセン)文化が発達した晋州では、
贅沢な食事のニーズがあったという背景もあって、
手間をかけた美味しさの晋州冷麺が生まれた。

平壌冷麺に比べ、贅沢に海産物をたっぷり使うので、晋州冷麺は、
簡単に韓国全土の全国区になれず、こうして郷土料理として、
晋州の人にに愛されて、残ったのではないかと、私は思いました。

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육전 ユク(肉)のジョン 20,000ウォン
막걸리 マッコリ 3000ウォン
육회 ユッケ 25,000ウォン
소주 焼酎 3000ウォン     
물냉면(소) 水冷麺(小) 7000ウォン

料亭・妓生文化が花開いた晋州の伝統料理の店。
韓牛を贅沢に使っているので、なかなか高級な価格です。
ただこの店、パンチャンが付かなかったな~。
ビルの新築にお金がかかったのかな~?出すの忘れたのかな?

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3回にわたり晋州冷麺の店「ハヨノッ」のお話におつきあい
ありがとうございました。お帰りのさいは、クリックも
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ハヨノッ(旧:晋州冷麺)で食べるユッケ♪食中酒は馬山の焼酎~ホワイトソジュ!

2011年8月~慶尚南道5泊6日の旅 8月23日火曜日 その18

韓国の晋州冷麺はこの春移転して「ハヨノッ」に~
旨いのは冷麺だけではありませんでした!

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この記事のつづきです。

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ユク(肉)ジョンに大満足して、さてさてお目当ての晋州冷麺を食べるか…と、
私は思ってましたが「ユッケも食おうぜ~」と、亭主が言います。

もう1つの晋州の名物料理、晋州ピビンバにはユッケが盛られます。
もしかしたら晋州は、ユッケがイケテイルかも?しれないね~と、
ついつい食指が動き、生モノは海外では用心して控えていますが、
ユッケ(육회)を1つオーダーしてしまいました。まだ旅は始まったばかり…。

食当たりは恐い。でも食べたい。食当たりはツライ。でも食べよう~。

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食あたりしたら困るな~なんて心配は、一口食べて忘れました。
ここで病院に運ばれても、後悔はしません。旨いです。

韓国で、そうそうユッケは食べていませんので、比較は出来ませんが、
あきらかにソウルの広蔵市場の有名店より、格段に旨いです。
細切りの梨と一緒に、箸でつまみます。(地元民は混ぜるようですが…)
生肉の旨さだけ口に広がります。この肉の甘さは、どこから来るのかしら~。
梨のフルーティーな甘さといい、肉の旨みといい、エロティックな食感といい、

癖になるわ~このユッケは!

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とにかく肉の色が、日本のユッケともソウルのユッケとも、違いました。
箸で持ち上げると、パスタのような麺状にカットされているで、
ツルツルと喉を通っていきます。韓国の人の肉の扱いは、本当に奥が深い。

翌日食べた、晋州冷麺の有名店のユッケより、断然この店のユッケが
美味しく思いましたね。もしかしたらこの店、ピビンバも美味しい~かも?

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葉っぱに乗せて、ニンニクのスライスも乗せて包んで食べてもGood!

日本ではこの10月、店でユッケを提供するには、厳しい制限がつきました。
ここ晋州では、こんな色のいい~ユッケが、たっぷり食べられます。
心配はしましたが、幸いにも、食当たりはしませんでした。

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おそらく焼酎で消毒したからでしょう~。
日本でも酒飲みの風邪引きは、「アルコールで消毒」と言って飲みますが、
あながち、外れてはいないのでは、ないでしょうか。

馬山市の舞鶴(ムハク)製造のホワイトソジュ(화이트소주)で、
私たちは、お腹をアルコール消毒しておきました。気休め気休め…。

韓国の焼酎、ソジュ(소주)は、解放後の高度成長期、
穀物を発酵させて蒸留するという、伝統的な蒸留酒の製法を、国が禁じました。
物が不足していたこともありますが、漢江の奇跡を起こすには、
苦しい~労働の毎日を忘れる、安い合成酒が大量に必要だったのですね。
国策として朴正煕大統領は、人工アルコールのニオイがプンプンする
希釈式で作る韓国焼酎、ソジュの生産を拡大させたのです。

ご本人は、シーバースリーガルを愛飲していたというから驚きます。
権力者とは、そういうものですかね…。

豊かになった現在の韓国でも、安っすい原料を元に蒸留させた、
度数の高いエタノールを、水と混ぜ希釈し、
砂糖や人工的甘味料で味をつけた希釈式ソジュが、一般的に飲まれます。

安酒の味が国民は忘れられないのか…しかし韓国料理とソジュは合います。

韓国の店で飲むと1本3000ウォン(約200円~)!
もともと労働の辛さを忘れる安い酒です…。
今も昔も労働者は辛くて忘れたいことはいっぱいありますが…

日本で1000円以上も、店に払って飲むには、どうかと思います。

またまたつづく

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次回は晋州冷麺の話です。
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韓国の晋州冷麺はこの春移転して「ハヨノッ」に~旨いのは冷麺だけではありませんでした!

2011年8月~慶尚南道5泊6日の旅 8月23日火曜日 その17


韓国の晋州で食事と云ったら、ネットで検索するまでもなく、
晋州ピビンパと晋州冷麺、晋州韓定食(晋州偽祭祀飯:ホッチェサパプ)、
そして、うなぎ焼きが有名ですね。

地元韓国でも、日本でもよ~く知られた店を外して、穴場と称される店に
チャレンジしても、韓国で大当たり~!の店は、滅多にありません。

どちらかと言うと、反体制体質の亭主が有名店を嫌がり、
どこぞからか仕入れて来たアングラ、グルメ情報をたよりに、
ソウル、釜山を食べ歩いていた時期があります。私には苦行でした。
食事になるとケンカが絶えません。連続してクソ不味い食事に当たり、私は、
腹が立って、腹が立って、クソ不味いチャジャンミョンを前に、号泣したことも。

亭主も懲りたようで、韓国で初めての土地では、世間一般が美味しい~と
認める店に、40歳を過ぎた頃から、ようやく素直に行くようになってくれました。

私の経験上、思うに、日本ほど韓国は多様性がありません。
みんなが美味しい~という評判の店に、素直に先ずは行ってみるが、
特に韓国の田舎では、利口ではないかと思います。



晋州の晋州冷麺も、私は鄭銀淑さんの著書「韓国の美味しい町」で知りました。
1945年から西部市場にある「晋州冷麺」は、この春、新店舗に移転しています。

店の看板であるファン・ドク ハルモニは、82歳の高齢のもかかわらず、
私たちが訪れた日も、娘さんと店に立っていらっしゃいました。写真を、
一緒に撮らせていただければ良かったかな~と、ちょっと後悔しています。

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ハヨノッは、晋州城からは少し離れているので、タクシーで移動しました。
新しい店は近代的で、日本の地方のファミリーレストランのような造りです。
(写真はパンフレットからです)

移転に伴って、新しい屋号は「ハヨノッ」に変わりましたが、
タクシーの運転手さんには「ハヨノッ」では分かってもらえません。
旧屋号の「晋州冷麺」と伝えると、西部市場に案内されそうなので、
亭主が新住所を書いたメモを見せて、ようやく分かってくれました。

歴史がある店なのに、なぜ屋号を新しくしたのでしょうか?
日本では、店の名前は大切にしますが、韓国は、そうでもないのが不思議です。

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晋州冷麺が目的で店に行きましたが、先ずは生マッコリで乾杯です。
前日飲んだ、生マッコリ生濁(センタク)とは、これまた味が違い、
美味しかったですね~。これも記憶に残る、生マッコリになりそうです。

2011年モンドセレクション銀受賞

第1回大韓民国 ウリスル(国産酒)品評会
釜山/慶尚南道 最優秀生マッコリ選定

などと書かれた、シールが付いていました。

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부산生 국내산 쌀100%  釜山生 国内産 米100%

쌀탁  サルタク

천연탄산 막걸리! 天然炭酸 マッコリ!

製造は「釜山山城民族酒」TEL051-582-0659と書いてありました。

釜山の金井山城といえば、民族酒第1号の認定された
「金井山城土産酒」の金井山城マッコリが、あまりにも有名ですが、
あの山に他にも、マッコリの醸造所があったなんて知りませんでした。

ここで飲んだ「釜山山城民族酒」のサルタクは、米が100%のせいか、
ソウルの長寿マッコリの味に近いように思いました。そして同じ金井山城の
マッコリ同士比べると、金井山城マッコリは酸味が強いので、
サルタクの方が口当たりが良くて飲みやすいかな~。韓国の慶尚南道でも
生マッコリが、いろいろと飲み比べ出来る、いい時代です。

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マッコリといえば、チヂミ(ジョン)を頼まないわけには行きません。
ユク(肉)ジョン(육전)を、いただくことにしました~。

チヂミもジョンも韓国でいろいろ食べましたが、初めて口にする味、
ユク(肉)のジョン、これが写真を撮るのも忘れたほど、旨い!
NAVERで検索して、韓国人ブロガー「天才少女(nicejuly)」さんから
お写真は借用しました。

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晋州冷麺の味の秘訣は、海産物のスープと肉のジョンにあります。
ユク(肉)のジョンは、牛のすね肉を薄く切って、卵に浸したあと
油を引いたフライパンで焼きます。
ハヨノッで提供する醤油ダレにつけて食べれば、
柔らく香ばしい味でいただけます。

のような事が書かれていました。豚ロース肉に、塩、胡椒をして、
小麦粉をつけ、溶き卵をからめて、ピカタをよく私も作りますが、
これは牛のピカタですね~。(という事は牛のピカタもあり?)
この味が、晋州冷麺の味の秘訣にもなっているらしい~。
そうそうこの店、醤油ダレの醤油も美味しかったですね。

ああ~このあとの冷麺も楽しみ~です。

つづく

ハヨノッ(旧:晋州冷麺)で食べるユッケ♪
食中酒は馬山の焼酎~ホワイトソジュ!

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美味しい話を思い出したら、お腹が減りました。
みなさんは、今日のランチは何を食べました~。




私の祖先の仇~秀吉が夢見た朝鮮半島~芸妓は仇を討ったのか!?

2011年8月~慶尚南道5泊6日の旅 8月23日火曜日 その17


韓国の晋州城址を観光します。観光というには、はばかられます。
石は投げられませんが、気が重くなる場所です。

ここ晋州の城は、紀元前1世紀の三国時代までさかのぼります。
城内で、軍民合わせて6万人が玉粋したと伝わる、
1592年の文禄の役(韓国では壬申倭乱)で、日本でも韓国でも
よく知られる歴史的な古戦場跡地です。



佐賀県の鎮西町の名護屋城址に立って、秀吉は正気だったのか?と
海の向こうの朝鮮半島を思い浮かべ、私は考えたことがあります。

このブログでは、日韓の歴史的なことを語るのは、やめます。
しかし晋州を訪れるにあたって、少しだけ私の事情を説明すると…。

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↑朝鮮半島の三大楼閣に数えられる「矗石楼」現在は1960年に復元されたもの 。

父の生まれた家は、佐賀県の志気(シゲ)にあります。
昔この辺りの家では、自宅に産婆さんを呼んで赤ん坊を産むのが当たり前。
父も自宅で、たしか12人(だったかな?)きょうだいの末っ子として、
生まれたそうです。(今の私は、こちらの親戚とは疎遠です)

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↑ここから南江の畔へ出ます。

九州人でも志気(シゲ)を訪れたことがある人は、少ないと思います。
父の幼い記憶では、暗闇の山あいの暮らしは、ランプの灯りで夜を過ごし、
水車がガタンゴトンと音を立てて回る、藁葺の屋根の家が多かったらしい。
父は物心がつく前に、育ての親へ養子に出されたので、この村に親、兄弟、
親戚がいることは、大人になるまで知りませんでした。

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↑案内は韓国語のみ。豊臣軍には韓国語が出来る通訳がいたのかしらね?

ただ節目節目に、養母が実母に父の顔を見せるため、村に連れて行くので
とんでもない田舎だと、子供の頃から感じていたそうです。
私が子供の頃、村の共同浴場に連れて行かれたことがあります。
そこは混浴で、近所のおじさんも娘も一緒に、入浴していました。
小学生の私は尻込みをして、入れませんでした。今でも忘れられない記憶です。

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↑「義岩」は、豊臣軍が「矗石楼」で祝宴の最中、芸妓さんが豊臣の武将を
 色気と話芸?でまんまと岩場に誘い出して、
 武将を抱えて(抱きついたのかな?)身投げした悲話が残る場所。
 亭主は熱心に韓国語の案内を読んでいますが…。


家系図をたどると、父の生まれた家は、波多三河守の家臣の末裔に当たると、
私は子供の頃から繰り返し繰り返し、言い聞かされてきました。
上松浦党の盟主、波多三河守の居城「岸岳城」があったのが
ここ志気(シゲ)村から遠くない場所。

豊臣秀吉の、一方的な言いがかりによって
改易(藩の取り潰し)され、不本意な最期を遂げた波多三河守。

波多家の遺臣たちは、自刃するもの、あるいは野に下り
帰農するものが多く、父から聞いた話では、山深い志気村にも
多数の遺臣たちが逃げて来て、やがて畑を耕し
田んぼを作ったのではないか?という言い伝えを話していました。

「岸岳城盛衰記」「名護屋城の謎」「松浦党戦旗」などの書物を、
いつかゆっくりと読んでみたいと思っています。

村に伝わる「岸岳末孫の祟り」の話は、もう何回、子供の頃から聞いたか分かりません。
「きしたけ ばっそんの たたり」については、話が長くなるので、またいつか。

私が横溝正史の小説が好きなのは、そんな事かもしれません。

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↑韓国語が理解出来る亭主の表情は、一段と暗くなりましたね。

私の祖先は、豊臣秀吉によって、滅ぼされたのか?

秀吉によって滅ぼされた家は、日本全国にあると思いますが、
ちっぽけな家に生まれた父も、そして私も、秀吉は仇になります。

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↑この先が、国立晋州博物館。文禄の役(壬申倭乱)にまつわる
 歴史的な資料の展示があります。正直に言って気が重くなる博物館です。


仇の秀吉は、文禄の役では20万以上の兵を、慶長の役では14万人の兵を、
九州の名護屋から朝鮮半島へと、出兵させたのです。
その節は本当に、朝鮮半島の皆様には、ご迷惑をおかけしました。

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↑修学旅行と思われる、韓国の高校生の集団が見学していました。
 彼らは、どんな印象を持つのか…。とにかく気が重くなりました。


韓国の晋州には、壬辰・丁酉倭乱の傷跡の話が多く残る町です。
晋州を訪ねた日本人には、朝鮮半島侵略をもくろんだ秀吉の、出兵基地だった、
名護屋城跡、陣跡と名護屋城博物館にも、是非足を運んで欲しいと思います。

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↑蛇口を回すと水が出ました。公園に似合わないな~なんてフト思ったり。

晋州の南江の流れを見ていると、なぜか九州の名護屋城跡で、
秀吉の途方も無い野望に驚いた気持ちが、フラッシュバックしてしまいました。

つづく

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縦列で歩く遺伝子♪晋州城に小走りで到着です!

2011年8月~慶尚南道5泊6日の旅 8月23日火曜日 その16


世間一般の夫婦、恋人は、通常、並列に並んで、歩くと思います。

何のことか?いきなりで、分かりづらいかもしれませんが、
旅先で通常のカップルは、つかず離れずの距離で歩くと思うのです。

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↑晋州の東邦ホテルを出発。晋州城へ向かいます。傘の男が亭主。


ウチは昔から、私の遥か先を歩く亭主を、目で追い、
姿を見失わないように、私は後ろから、小走りでついて歩きます。
亭主は、歩くのが異状に早いのです。しかも一切待ちません。

知らない土地を歩くので、私には気になるモノがあり過ぎるのですが…。

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↑川べりのモーテルに気を取られていたら、亭主は遥か先に…。


三歩下がって師の陰を踏まず…というより3メートル先、時には
30メートル先を歩く亭主を探しながら、いつも私は歩いています。
なぜか待ってくれません。いつも私の先を、逃げるように歩く亭主。

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↑晋州橋のたもとから晋州城にかけてウナギ屋さんが並びます。


先週は、3連休で賑わう渋谷の雑踏を、駅から百軒店商店街に向かって
道玄坂の道路を歩きました。昔から私たちは、渋谷では歩道を歩きません。
私だけ歩道を歩くと、亭主を見失いそうになるので、仕方なく、そう仕方なく、
「危ない!危ない!待って~待って~」と叫びながら、私も車道を歩きます。
車ににひき殺されるところだった!と、何回も私は危ない目にあっています。

亭主が大学生の頃、大混雑の渋谷の公園通りを、
いつものように車道を、サクサクと歩いていたら、NHK方面から、
やはり歩道の人混みを避け、前から車道を歩いて来た人がいたらしい。

「それがさ~パーマにアロハシャツの姿は、オヤジだったんだよ~」

渋谷で、ばったり親に「歩道」で会うことは、あるかもしれませんが、
公園通りの「車道」で、ばったり鉢合わせする親子は珍しいです。

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↑ウナギ屋通りも気になりますが、先を歩く亭主。見通しが良くて助かった~。


亭主は子供の頃から、先頭を歩く父親を見失わないように母親に注意され、
子供の手を引いたお義母さんは、車道を歩く父親を、遠く歩道から指して、
「アロハシャツがパパだからね!見失わないようにね!」と必死だったらしい。

見失ったら怒られます。「どこに行ったのかな~?」なんて、消えた亭主を、
しばらく探してウチに戻ったら、先に帰宅していたこともありましたね。
新宿で見失った私が悪いらしい~。ああ~思い出したら腹が立ってきました。

お義父さんは、目的地まで一直線に歩くタイプ。うっかり立ち止まったら、
家族はオヤジに注意されるらしい~。それでも家族、夫婦はいつも一緒。

縦に並んでつまり縦列で、家族は夫婦は、繁華街の道路を歩きます。
危険なのでマネしないでください。

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↑ああっ~もっとゆっくり私は見物したかったのですが、晋州城に到着です。

結局私は、ホテルから晋州城まで歩いたのか、走ったのか、
ここでは韓国名物のモーテルと、亭主の背中しか見ていなかったかも?

次回はサクサクっと晋州城を見物した話です^^

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